ねこじまフラッグファイター｜リアクション

ねこじまフラッグファイター

●Ａブロック
「よりにもよって……」
　ねむるの視線の先には筋骨隆々の肉体美を惜しみなく晒し出す蛇那伊がいた。彼は高校指定の水着を着用している。対してねむるはウェットスーツ。
「そんな格好で暑くないんですかー」
　梢が心配そうにねむるを見た。彼女もまた高校指定の水着を着用している。
　熱風が吹き、太陽が照り付ける下において暑くないはずがない。蛇那伊もまた心配そうに口を開いた。
「陸上でのウェットスーツは熱中症もありえるから、あまりよろしくなくてよ」
「ご忠告、感謝しておくよ。でも、これは勝つために考えた方法なのさ」
　額から流れる汗をねむるは拭う。正直暑い。しかしこれも全ては勝利のため。
「あら強気じゃない。でもそういうの、嫌いじゃないわ」
　スタート位置に移動して３人はうつ伏せとなる。スタッフがスターターピストルを高く構えると緊張感は一気にます。
　空気が裂けた。その瞬間３人が一気に起き上がり砂を蹴った。

　網にたどり着くや否や蛇那伊は指を伸ばして網の目に沿って甲を滑らせる。そのまま頭を低くすると彼は網の交点を掴んで身を潜らせた。
　ねむるは網の下で砂を恐れずにほふく前進。汗ばむせいかウェットスーツがやけに重く感じる。
　ふと蛇那伊が後ろを見ると梢がぴったしついてきていた。蛇那伊の後ろにあいた空間を利用して彼女は負担を軽減していたのだ。
　やるじゃない。胸中で呟くと蛇那伊は進む速度を上げた。彼の行動に梢は急ぐ。しかし思うように進めず距離が引き離された。
　最初に網を通過したのは蛇那伊だった。やや遅れて梢、そして最後にねむるとなる。
　距離的有利を保つことを優先したいものの蛇那伊はあえて立ち止まる。軽く深呼吸。そして平均台に足を乗せた。ステージを歩く衣装モデルをイメージして背筋を伸ばし進んでいく。
　その間にも梢が平均台の上を順当に進んでいく。日頃の野外活動で鍛えられたバランス感覚。それが彼女の武器だ。そうこうしている内に彼女は蛇那伊を追い越した。しかしそれすらも追い越すねむるがいた。
　地下足袋で平均台を掴んで歩く彼はまさにとび職人。どこでどうやって勉強したのかはさておき、得意が体育だけはある。
　そしてねむるが最初にロングコースへたどり着いた。平均台の終わり際に速度を上げて梢も抜ける。
「予選通過はいただいた！」
「きゃぁ！」
　ねむるが砂を巻き上げるように走り出した。後ろを走る梢は思わず顔をそむけた。
　それもつかの間。難なく梢はねむるの横を通り過ぎた。彼女は重心を意識しつつ飛び跳ねていく走法で砂地の負担を軽減していた。
「あらもう終わり？」
　突然の問いかけにねむるは横を見た。蛇那伊が颯爽と――否、轟々と砂を蹴って通り過ぎた。
　正直なところねむるは疲れた。砂を巻き上げて進んだのがトドメを刺したのだろう。それでも意地がある。
　梢は蛇那伊の追い上げに戦慄を隠せなかった。絶対的有利と確信していた平均台での距離が瞬く間に詰められたのだ。
　確実なコース取り、砂を掴む足の動き、何より力強い蹴り上げ。蛇那伊の無駄のない動きに梢も速度を上げるもあっさり横に並ばれた。
　フラッグが目の前に見えた。梢と蛇那伊が一斉に飛びついた。
　梢は蛇那伊に押し出される形でフラッグから手がそれる。
　蛇那伊は立ち上がると手にしたフラッグを力強く突き上げた。
「うぉおおおおおおおおおおおおお！」
　野太い叫びが天高く轟いた。
「あー、負けちゃったか」
　三番手にねむるが到着だ。ゴールにたどり着くや否や彼はウェットスーツを脱いだ。全身汗まみれだ。
「負けちゃいましたねー」
「僅差の君が言うと、僕の立場がないじゃないか」
　梢はまんざらでない顔で拍手していた。そんな彼女の顔を見てねむるが笑った。
「ん？」
「いや、顔、砂まみれ」
「そうですかー」
　かくいうねむるの顔も砂まみれであった。
　Ａブロックは蛇那伊の勝利で幕を閉じる。