寝子電、ラッピングコンテスト！｜リアクション

寝子電、ラッピングコンテスト！

●寝子電を秋らしく装う

「もう秋なのだな……」
　昼間は夏の名残で暑かったのに、夕闇が迫ると急に冷たい風が足元に流れ込んでくる。
　星ヶ丘寮の自室の窓を閉めながら、桜月はすこし物思いに耽った。
　寝子島に来るまで、月は祖父母の屋敷で過ごしていた。それは――傍目には美しい――銀の髪と赤い瞳のせいなのだ、と月自身は理解している。日光にも弱く、昼間は屋敷の中で過ごし、夜になると外出するという、まるで中世の吸血鬼のような生活。幼い少女には少々酷な、そんな暮らしの中で覚えた楽しみのひとつが、服のデザイン画を描くことだった。
（絵を描くことが好きだったお祖父様、よく服などを作っていたお祖母様……自然な成り行きというものだね）
　この日も、月は思いついた服のデザインを、スケッチブックにしたためていた。
　だが、秋の風に誘われるように過去を思い出したことで、すこし集中が途切れてしまったようだ。
　ひとつ息を吐く。気分転換しようか。
「ああそうだ。学校でちょっと面白いものを貰ったのだった。……ラッピング電車のデザイン、だったかな」

　鞄から用紙を取り出して眺める。
「そうか、電車に服を着せる……と考えたらいいのか。テーマは３つあるようだが……『秋』にしよう」
　秋と言えば……。
「紅葉狩りかな」
　紅葉だけだと単調になるし和傘を入れてみよう、と思いつく。
　色は紅葉に合わせて赤寄りのオレンジで。
　紅葉は、葉を一枚一枚散らすより、枝で描いた方が雰囲気がでそうな気がする。
　他の部分は、元々の寝子電の淡いブルーに似せることにしよう。この色は好きだから――。
　
　イメージが掴めたところで、
「じゃあ早速描いてみよう」
　と筆を取ってみたものの、これが意外に難しかった。
「窓の部分を塗れないから配置を考えないと何の絵か分からない。だけど変に配置を変えると全体のバランスがおかしくなるし……うーん」
　これが人間の洋服なら、たとえば肩とか、胸とか、腰とか、そういったものの仕組みが、長年の経験でだいたいわかる。だから迷わず描ける部分もあるのだが、初挑戦のこの無機物の箱型物体は、さて、どうやって美しさと機能とをすり合わせていったらいいだろう。
　試行錯誤しながら何枚もスケッチをしてみるが、なかなか納得できるものが出来上がらない。
「これは思った以上に難航しそうだ……」
　ほんの気晴らしのつもりが、月は知らず知らずのうちにのめり込んでゆく。
　まったく挑戦しがいのあるモデルだ。

　いつしか日はとっぷりと暮れていた。
「うん。……これでいこうかな」
　ようやく出来上がった絵を眺める。
　が、いつも描いているデザイン画のようなしっくり感はない。
「ふむ、勝手が違うし仕方ないかな。でも……」
　描きかけだった、服のデザイン画を引っ張り出す。
　集中が途切れる前に迷っていたいたところが、一筆、二筆と入れるうちにすっと解決した。
　胸に広がる充足感。
　たまには違うことに挑戦するのも、自分の中の引き出しを増やすいい経験になるものだ、と月は感じていた。