寝子電、ラッピングコンテスト！｜リアクション

寝子電、ラッピングコンテスト！

●寝子島そのまんま号

「ううむ……」
　星ヶ丘の住人、八神修は、海が見える一戸建ての自宅で難しい顔で腕組みをしていた。
　飼っている仔猫たちが修の動きが止まったのを見て、もう遊べる時間かと一斉にじゃれついてくる。いきおい、机の上に重ねておいた紙が床に散らばる。
「まだだよ、いま考え中なんだ」
　一匹ずつ優しく引きはがすと、修は床に落ちた紙を拾う。
　それらは、例の寝子電ラッピングの下書きだった。
　猫やサンマ、寝子電、ロープウェイなど、寝子島の名物をマンガ風の絵で散らしたもの。
　たくさんの猫がほのぼのと密集しているもの。
　どれも悪くはないように思える。だが……。
「俺は寝子島そのものを走らせたい」
　そう思い立つと、修はカメラを手に外出することにした。

　修が向かった先は、星ヶ丘の北端だった。
　残暑の残る木立を抜けると、天宵川のほとりに出る。
　正面に青々とした九夜山が聳えている。空は高く、羊のように真っ白な雲がぽっかりと浮かんでいる。
　雲は風に流されている。濃い影が九夜山を覆い、またしばらくすると明るく照らされる。
　修は雲と影とがいい形になる瞬間を待ち、シャッターを切る。
「ああ、これが本物の寝子島だ」

　帰宅すると修はパソコンを起動し、寝子電のアウトラインの上に先程撮った写真を重ねた。
「写真で見るとなかなか良かったんだが……ありがちな構図のありがちな模様になるなあ」
　なんとなく画面が寂しいような気もして、右上の窓の上に手書きツールを使って『ＮＥＫＯＪＩＭＡ』と文字を入れ縁取りしてみたが、しばらく迷った末、それは消した。文字が入っていると観光パンフレットみたいで陳腐に思えたからだ。
「どう思う？」
　修は仔猫たちに尋ねてみる。甘えんぼミルクは修の腕に絡むのに必死、気まぐれミストはぷいっとよそ見し、勇敢なブラックは修の背中に爪を立ててクライミングに忙しい。
「写真そのままじゃなくて一工夫しようかな」
　頭のよいブルーがまるで賛成するかのようににゃあと鳴いたので、修は人を呼んで油絵具とイーゼルを持って来させた。要領のよいマーブルとおしゃまなパトラがちょんと椅子の上に乗り、さあモデルになりますよ、という顔をしたが、修は二匹をぽんぽんと撫でると「寝子島を描くんだよ」と教えてやった。
　ひと手間かけて、先程の写真を油絵で描き、それを再度撮影して車体に貼り込もうと考えたのだ。
　
　ひと手間、と云ったが、これにはひと手間以上の時間がかかった。
「ふう……こんな感じかな」
　出来上がったときには、もうすっかり真夜中だった。仔猫たちは思い思いに修のベッドに寝そべって寝息を立てている。唯一付き合ってくれていた忠猫タイガが、お疲れさま、というように足元にすり寄る。修は感謝の気持ちでタイガを撫で、出来上がったものを見つめなおした。
「なんだか手間がかかっているわりには普通だなあ……」
　苦笑する。
　文字も装飾も何もなく、シンプルに風景だけ。

「でも『これが寝子島』だ」
　修はタイガを抱き上げると、そう語りかけた。
「特に珍しい物はないけれど、青い空と緑の山の自然が待ってるんだ。タイトルを付けるとしたら『寝子島そのまんま号』だな」
　タイガは修の手の中で、だんだん温かみを増していった。仔猫と修は同時にふわりと大あくびをする。
「寝るか」
　今日も充実した一日だった。修は支度を整えると、仔猫たちの眠るベッドに潜りこんだ。