寝子電、ラッピングコンテスト！｜リアクション

寝子電、ラッピングコンテスト！

●魔女の座にて秋を想う

　とくに断る理由もなかったので、帰り道すがら駅前で達磨とシナモンのドーナツをひとつ食べた。
　取り立てて意味があることを話したわけではなかったのだが、小腹が満たされ温かくなった心で、クラスメイトとお茶して帰るというのはいかにも高校生らしいな、などと考えながら旅鴉月詠は星ヶ丘寮に帰宅した。
　月詠はそこにアトリエを持っていた。窓を開け放つと、やや荒れ模様の空と、風に煽られ、白い波頭を鱗のように逆立てた海が見える。月詠はこのアトリエを『魔女の座』と呼んでいた。ここで創作や芸術に耽る時間は、心地のよいものだ。そんなとき、月詠はまさに魔女のような心持ちになるのだった。
　描きかけのキャンバスを脇に寄せる。
　広げたのはスケッチブック。
「ああ、クレヨンはどこに行ったかな……」
　いくつかの引き出しを開け目当てのものを探し出すと、月詠はまず赤を取った。

　ぐるぐる、ぺたぺた。やわらかくクレヨンを滑らせる。
「たまにはこうして童心にかえってみるのもいいね。いいものが見えてきそうだ」
　秋、といえば何だろう。
　秋刀魚、茸、葡萄、秋の味覚……さまざまなモチーフが浮かんでは消える。
　そういうものをふんだんに盛り込むのはどうだろう。
「いや……こういう時、凝りすぎ詰め込みすぎはごちゃごちゃして落ち着かない気がするな」
　そんな直感があった。
　二枚、三枚とスケッチブックを捲る。色を変え、モチーフを変え、いくつかのイメージを綴ってゆく。
　それらのいくつかを「実際に運行してみた時どうかな……島外の人も乗るわけだし……」と自分で打ち消し、それからそう考えたことについてひとりごちた。
「こんなふうに考えるなんて私は芸術家としてまだまだかな？」
　とはいえ、悪い気がしたわけではなかった。
　くすっと笑って、海を見る。
　他のみんなはどんなイメージで来るだろうか。
　愉快な寝子島の住人達のことだ、突飛なイメージを出してくるんじゃないだろうか。
　それなら――。
「あえてシンプルに行ってみようか」
　風の唸りを聞きながら、魔女はそっと目を閉じた。
　
　秋の森というのは静かな水底に似ている。落ち葉が積もり沈殿する。そんな深い赤をイメージする。
　紅葉をちりばめ、そこから上に向かうにつれて明るい色へのグラデーション。
　淡い黄の、女郎花色に塗った空に、連なって飛ぶ赤トンボ。

　直感に従うのは間違ってはいないと思っている。後悔はしない。
　銀のまつ毛を瞬かせる。紅玉色した瞳にもう、揺らぎはない。
　月詠は描いたイメージを一気にスケッチブックに写し取っていった。
「旧市街から星ヶ丘、それに鎌倉まで走ることを考えると、寝子島の秋の色は秋に溶け込んだ赤色が似合う」
　秋の静けさ――これも直感に従った。それだけの事。
　直感というものはどこか、魔法に似ている。