寝子電、ラッピングコンテスト！｜リアクション

寝子電、ラッピングコンテスト！

●放課後ダイナミック

「へーっ、なんか面白そうじゃん」
　泉先生が他の連絡事項と一緒に、『寝子電ラッピングコンテスト』の用紙を配布した日の放課後、十条寺達磨は教室にちょいと居残りすることに決めた。

　達磨は１年８組、芸術科クラスのオシャレ番長的存在である。かちっと生真面目で折り目正しく……みたいなところはあまり見たことがなかった。帽子と眼鏡と女の子をこよなく愛する達磨はいつだってどこか遊び心があった。それは制服の着こなし方にも現れている。ラフだけど洒落たシャツの上にざっくりとジャケットを羽織って。アクセサリの色も帽子や眼鏡と合せたりして。芸術科っていうのはまあ、そういった尖ったところのある人々が集まりやすい場所ではある。
「電車って、でっかいキャンバスだな……ワクワクするぜ！」
　アイデアは、そんな言葉を切欠にきらめき、流れ星みたいに駆け抜けた。
　うちに帰って、なんて悠長なことは云っていられない。
「んー、緻密に描くのも美術的で良いと思うけど……どうせなら思いっきり想いと勢いで描いてしまう方が芸術的だよな！」
　達磨は鉛筆で慎重に下書きを描くようなことはしなかった。
　ぐっ、といきなり大胆に色を置く。
「寝子島と言って思い浮かぶのは俺的には『サンマさん』。これからの時期、『秋刀魚』のＰＲにもなるしな」
　窓のラインなんか完全に無視して、水色で細いサンマのライン。それは、寝子島の海の色でもある。
　鼻先から背中に掛けて少し濃い色を入れると、だんだん楽しくなってきた。
「俺の『サンマさん』への拘りを公衆の面前で表現出来るとはな！」
　肩の力は抜けている。
　上手く描こうなんて思ってないから。
　敢えて緩く。
　その方がきっと親しみ易くなる。
　描きあげたダイナミックなサンマさんバディをちょっと見つめて、達磨はその腰まわりに迷いなく赤い色を足した。褌のつもりだ。勢いに身を任せた達磨には『サンマってどーやって褌締めるの』問題は存在しなかった。
「赤いのが『褌』か、『前掛けか』は観る人の判断は任せよう。あとは……」
　車体全体を濃い緑色で塗る。
　これは『寝子島の自然豊かさ』の象徴。
　最後に描き入れた虹と星は、『寝子島の個性豊かな人達』だ。
「ん。でーきた！」
　出来上がったイラストはとても楽しげだった。
　虹のかかる緑の夜空を思いっきり飛ぶサンマさん。
　見ていると、ストレス？　なにそれ美味しいの？　みたいな気持ちになってくる。

「うむ、我ながら寝子島の『ゆるさ』『楽しさ』『懐の広さ』を、いい感じに表現できたかな？」

　時計を見ればほんの３０分。
　ちょっとした達成感に、自然と笑みがこぼれる。
　隅の方で静かにスケッチをしていたクラスメイトの旅鴉月詠がおもむろに立ち上がる。
　教室を出て行きかけ……肩ごしに振り向いて「帰らないのか？」と達磨に声をかける。
　達磨は軽い調子でひらひら手を振ると、出来上がった図案を鞄に仕舞った。
「あー待って、俺も帰る。あ、なんかドーナツでも食べにいかない？」