紅い玉がでるまで｜リアクション

紅い玉がでるまで

「……んー」
　日差しに目を眇めて、雪乃宮心花さんはわれに返った。
　どのくらい、ぼーっとしていたのだろう。
　陽光が柔らかくなって、秋の気配が強くなってきた。
　葉の色、空気の濃さ、海の色も、毎日変化して飽きさせない。
　風景の微細な変化は、心花さんを幸せにする。
　最近は人物画に意欲的な心花さんだが、その一方で風景をぼーっと見ることは、この上ない喜びだった。

　前の学校では、比喩の表現が独特すぎてついてこれないと言われていた彼女。
　しかし、この島の風景を見ていると、言葉が素直に出てくる。

　流れる雲を見ても大根を思い出す。
　彼方に煌めく日盛りの海を見ても大根を思い出す。
　何を見ても大根を思い出す。
　そんな日があってもいい。

　今日もそうして、日向ぼっこがてら風景を眺めているうち、意識はふわふわ漂い出して……。

　あれ？
　心花さんは掌を広げた。
　柔らかいレモン色の玉がそこに在った。

（これは、噂に聞いた『あの玉』でしょうか……？）

　最近寝子島で噂になっている玉。
　
（あれ？　でも噂では、紅い玉だったような……？）

　首をかしげた心花さんは、道の傍らを見る。
　団子虫の様に、暗い色の玉が蟠っていた。

（だれか、哀しそうな人がいるんでしょうか？）

　心花さんは立ち上がる。陽が傾き、風が冷たい。マフラー常備でよかった。

　他の人も、玉を持っているんでしょうか？
　悲しそうな球を持っている人も？

（もしそうなら……幸せのおすそわけ、ですっ！）

　みんなのところへ！

　ふわふわと心花さんは歩き出す。
　紅い玉も気になるけど、幸せのおすそ分けも大事。
　
　大丈夫。心花さんのやわらかな足取りは、きっと彼女を正しいところへ連れて行く。