紅い玉がでるまで｜リアクション

紅い玉がでるまで

　玉が出る。
　感情が高ぶったら、いろんな色の玉が出るらしい。
　最後には『紅い玉』が出るらしい。

　そんな噂が、寝子島に広がっている。

　その日、雨寺凛はゴキゲンだった。
　潮風がラジオアンテナにぶつかり、天幕庇をはためかす。
　シーサイドタウンからの海の色は、夏とは違う深い濃紺だ。
　秋の気配が漂う。薫る風が心地よい。
　プレイヤーから溢れてくるのは、アップテンポなロック。
　今、凛がサイコーにはまっているバンドだ。
　　
（うん、やっぱりロックは聞いて楽しいし、最高にもりあがるね！）

　高く鳴ったハイハットに合わせて、指をパチンと鳴らす。

　その瞬間。

「けほっ！」

　口からピンポン玉くらいの玉が飛び出した。

（……ん？　私、何か吐き出した……？）

　玉はアスファルトを鳴らしながら、跳ねていく。
　明るいオレンジ。

　凛は玉を追いかける。

　玉の跳ねていく先には背広姿の男。
　肩をがっくりと落とし、しきりにため息をついている。
　何か仕事で失敗したのだろうか。　
　絶望的な表情で、彼は天を仰いだ。

　そこに、凛の玉が飛び込んでいった。

（あ……あの人、私の玉、食べちゃった！？）

　まるでびっくり箱の人形にように、サラリーマンが跳ね上がる。
　全身を揺らし始めたかと思うと、かばんをギターがわりにかき鳴らして、ノリノリの縦揺れを始めた。

「ＹＥＡＲ！」

　それを見て、寝子島で噂になっているある玉のことを思い出す。
　感情が高ぶると、口から玉が出る。
　食べたり、握ったりすると、感情が伝播していく。

（ひょっとして……まだ出るかな？）

　プレイヤーの音量を上げ、歌詞を口ずさんでみる。

　ぽぽぽんっ！

　一気に三つの玉が飛び出した。
　無気力中学生や、立ち話中の主婦の口に飛び込んで、みんなノリノリに変えていく。

（もしかしてこの玉、他の人を元気にできるのかな？）

　凛は、よしっ！　と瞳を燃やす。

（これ、出しまくれば、町の人を元気にできるかも？）

「よーし、ハイテンションのおすそわけ、いっくよー！」

　凛の声とともに、たくさんの玉があふれ出る。
　音楽センスのたまものか、玉はリズミカルに跳ね、アスファルトにビートを刻みながら、疲れた人々を、タテノリのノリノリに変えていく。

　あっという間にシーサイドタウンの交差点は、ロックンロールで乗りまくる人々で満たされていく。
　木陰でのんびりしていた猫も、ロックな陽気につられたのか、玉を飲み込んで、ドタバタ走り回る。

　楽器をもってくれば、もっとよかったのかもしれないけど。
　……何だ、楽器ならあるじゃない！
　アスファルトを叩く玉と、そしてこの声が！

「よーし！　この調子で町中の皆を明るくしちゃうぞー！」

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