紅い玉がでるまで｜リアクション

紅い玉がでるまで

「ぬー」
　ケータイショップの前で、本条小萩は悩んでいた。
　彼女には使命がある。
『ケータイを買うこと』
　だが、彼女は戸惑っていた。
　完璧な彼女。
　そんな彼女にも、たったひとつ大きな弱点があった。

「ハイテクは怖いです」

　ハイテクが苦手だった。
　子供のころ、電子レンジを爆発させたことがある。
　別に何かしたわけではない。アルミホイル、生卵、天ぷらを入れただけだ。
　だが子供で、天下無敵と己を頼む少女には、轟音を上げる電子レンジは、恐怖の対象でしかなかった。
　それ以来、どうもハイテクが怖い。
　先方も小萩を苦手としている節がある。
　パソコンを触れば、必ず挙動がおかしい。
　洗濯機を操作すれば、黒い煙が出る。
　店頭で家具を触った時は、ボタンを押しただけで全機能がフリーズした。

「ハイテクは怖いです」
　よくわからないものには近寄らないようにしたい。
　
　しかし、そうも言っていられない。
　ケータイがなければ、友人との連絡も事欠く。
　毎度、桜花寮の電話を借りるのも面倒だ。

　というわけで、やってきたのだ。
　品物も決まっている。
「かんたんチャイルドケータイ」
　ボタンも少ないし、威圧感もない。ちょっと小さいけど、これなら怖くない。

「ぬー、でも、お店の前に来ると、やっぱり緊張します」
　小萩は顔を引きつらせる。「どきどきです」

　ぽん。
　そのとき、青い玉が飛び出した。

「……」

　小萩の顔から、すっと緊張が引いて、代わりに何時もの自信満々の顔が戻ってきた。
　勇んでケータイ店に入っていく。
「いちばん、ハイテクな奴をください！！」

　店から出てきた小萩の手にするのは、ゴテゴテの電子の要塞だ。
「やっぱり小萩はすごい子です！」溢れる自信。みなぎる迫力。「もうハイテクなんて、怖くないんですからね！」

　そんな彼女の目を、ちらりと射る光があった。
　つまみあげると、そこにあるのは青い玉。

「きれいな玉です！」
　自分の目の色にそっくりだから、と臆面もなく思ってしまうところが素晴らしい。
「そうだ、これをケータイストラップにしましょう！
　小萩のセンスは今日も冴えています！」

　その瞬間、青い玉は、指先にすっと溶けた。

　ふわりと、秋風が少女を包む。
　ぱちりと瞬きをした。
　手の中には、ごてごてのハイテクケータイ。

「どうして、小萩はデラックスケータイを買ってしまったのでしょう……」

　思い出せない。自分はこんなの買うつもりはなかった。
　さっきまでの自信が、きれいに消え去っている。
　なんで、こんなチョイスをしてしまったのだろうか……。

　店員に頼んで、取り替えてもらおうか？

　でも……。

　手の中をまじまじと見る。
　ふしぎな偶然で滑り込んできた、ハイテクマシン。
　これを使え、という運命の導きなのかもしれない。
　そうだ。ケータイひとつにびびっていられない。
　そう、小萩のチョイスはいつだって最高なのだ。

「むむむー……」
　指がキーに触れる。
　大丈夫。できないわけがない。
　力を籠めて、ボタンを押す。

　怒涛のアプリインストールラッシュに巻き込まれるのは、そのあとだった。

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