紅い玉がでるまで｜リアクション

紅い玉がでるまで

「はあ……」
　そこからちょっと離れた場所で、榛宮智はため息をついていた。
　夏休みももう終わり。新学期が始まってしまう。
　憂鬱だった。
（また、学校に行くんだ……）

　智が転校してきたのは、夏休みの直前だった。
　ほとんどなじめずに夏休みに突入してしまった。
　そして、見知った顔のないままの二学期。
　ちょっとハードな経験をした彼には、かなり高めのハードルだ。

（また馬鹿にされちゃうのかな……）

　燦々と降り注ぐ午後の光と対照的に、心はどんどん曇っていく。

　ライブハウスや合同授業で仲良くなった人はいる。
（でも、きっと別のクラスなんだろうし）

　考えが暗い方向へと押し流されていく。

　智は思わず叫びそうになった。

（不安、不安だよ……！！）

　その時、智の口からぽんっと玉が飛び出した。

　壁に当たり跳ね返ってきたそれを、智は反射的にキャッチする。

（玉……青い玉だ……）

　掌に乗ったそれは、ひんやりしたコバルト色の玉だった。
　金属質の光沢を帯びて、鈍く硬い。涙色、という言葉が浮かんだ。
　その玉をじっと見つめる。

（きっと、この玉は僕の玉なんだろうな……）

　真っ青な空を、飛行機雲が薙いでいく。
　智はひどく客観的に玉を見詰めていた。
　拒絶を凝り固めたような、苦い感情の檻。

　目の前をよぎる影。
　智はもう片方の手を振るう。
　握り込んだ玉は、明るくて華やかなオレンジ色。

（これも、誰かの玉なんだろうか）

　温かみが伝わっていく。

　誰の玉なんだろう？
　智は飛んできた方に、ゆっくり駆け出す。

（……あの人だ！）

　シーサイドタウンの真っただ中。
　色とりどりの玉を飛び散っている。
　それを受け取ったり、飲み込んだりした人が踊るように歩いていく。
　ニコニコ笑いながら。
　その真ん中で歌いながら、ノリノリで玉を吐き出すのは凛。
　智は眩しそうに見る。

（僕も、あんなふうになれたらいいな）

　話しかけたりするわけじゃないけど……。
　さっきより、やわらかく暖かな色が、智の周りで跳ねまわっている。
　前向きな気分が、智を後押しした。
　音楽だったら……。

　智の玉が、かつんと跳ねる。
　凛の歌声に伴走するように、リズムが奏でられていく。
　凛が、こちらを見て、笑ったような気がした。

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