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七月十二日。
柚春は、紙袋を両手で抱えて坂道をのぼっていた。白地に水色のストライプ柄、持ち手はネイビー、保冷剤が入っているので、歩くたびにごとごとと鳴る。
どこか遠くから芝刈り機の音が聞こえる。木陰を選んで歩いても、じりじりとした熱気は肌にまとわりつく。それでもこのあたりの空気は、街中とは少しちがっていた。緑が深いせいか、風が通るたびにわずかな涼しさがある。
手入れの行き届いた生垣が両脇につづき、その向こうには、門柱に表札も出していない邸宅が、周囲の緑に溶けこむように建ち並んでいる。広い庭も、重厚な門扉も、どの家にもあるのに、それを見せつけるような雰囲気はない。裕福であることを隠しているのではなく、そもそも誇る必要などないのだろうと思えた。
歩道は静かで、行き交う人もほとんどなかった。すれちがったのはせいぜい、リードをつけた大型犬を連れた老紳士か、白い帽子をかぶってゆっくり歩く婦人くらいのものだ。誰もこちらを気にしない。誰かの生活が、誰かの視線を必要としていない。それが、星ヶ丘の流儀なのだった。
目指す場所はブラックウッド邸、袋の中身は、ケーキの入った紙箱だ。
メアリとウォルターと三人で食べきれるくらいの、小さなホールケーキ。
本日はデコレーションケーキの日だという。そんな記念日があると知ったからには、作らない理由なんて柚春にはなかった。リッチな食材をそろえて、図案を何度も描き直して、焼き上げ、凝りに凝って飾り立てた。
ケーキのテーマはまさしく夏だ。側面には熱帯魚やイルカが泳ぐ海を作り上げ、上面には雲の上にひまわりなど夏の花を咲かせた。シンプルさで勝負するのも難しいけど、飾り付けるのも大変なのだ。それでも、我ながらなかなかのできばえになったと思う。
それにしても、と息をつく。
ローファーの靴でもこの坂は楽じゃない。日傘なしとくればなおさらだ。特に夏には。
たとえば妊婦になったら……。
想像するだけで頬が熱くなる。そのときは、ワットに送り迎えを頼もう。
柚春はふと足を止めた。
何気なく振り向く。
坂の上から見下ろす景色は静かだ。手入れされた庭木の緑、磨き上げられた門扉、誰の生活の音もしない。すべてが、あるべき場所に収まっている。
ここでは、誰も先走らない。誰も、急がない。
また僕、勝手に未来を決めてた。
こういうところかな。
ふと、思ったりもする。
倍も年齢差のある教師に、生徒の立場を越えて、何度も何度も気持ちをぶつけた。好きだという言葉を雨あられと降らせた。好きで好きで、止められなかった。彼が困っている可能性なんて、見ないふりをしていたのかもしれない。
ワットは気持ちを認めてくれた……断られたことなんてない、と思っていたけれど。
でもそれは、断らせなかっただけなんじゃないか。
──もし。
もし、いままでの自分が、率直すぎてワットを困らせていたのなら。
束縛しているように感じられたのなら。
もう少し、控えることを覚えないといけないかもしれない。隠すことも。
重い女、だとか、思ってほしくない。
どうしてかなあ。
取り繕うことなんて、昔は得意だったはずなのに。
親が超転勤族だったから。小学校も中学校も、転校、転校、こればっかり。クラスメイトと仲良くなっても、数か月後にはさよならする。そういう繰り返しのなかで、深く立ち入らないことが僕の処世術になっていた。そのほうが楽だったから。傷つかずにいられたから。
その場限りでうまくやって、深い関係にならないことが当たり前だったころがあったのに。
けど、ワットにはそれじゃ嫌だった。
こっちを見てほしくて、子どもの特権を使ってでも無理を言った。そうやって距離を縮めてきた。
それが、重たかったのかな。
重い女。男性には嫌がられるタイプだって言うよね。特に、異性に人気のあるタイプの男性には。
ワット、でも僕は──。
チャイムを押すと、すぐに
メアリ・エヴァンズ
が出てきた。
「柚春様、いらっしゃいませ」
いつも通りの、背筋の伸びた出迎えだ。視線が紙袋に落ちる。
「まあ、今日もなにか素敵なものをご持参で」
「デコレーションケーキの日なので」
「存じませんでした」メアリは微笑する。「ウォルター様もきっと、喜ばれますよ」
きっと、という言葉が、耳に残った。
変なの。
いつものメアリさんなら、そんな言い方をするに決まっているのに。
なのに、どうしてか引っかかった。
リビングルームに通されると、ウォルターはソファに座って本を読んでいた。水玉模様のカバーをかけた文庫本だ。
「やあ」
顔を上げた彼は、いつものウォルターだった。穏やかで、涼しげで、どこか飄々としている。
「何読んでたの?」
「詩集」
「誰の?」
「ホイットマン。期せずして僕と同じ名前の人だよ。知ってる?」
「残念ながら。……どんな詩人?」
「うーん、どんな、って言われると難しいな。強いて言えば、僕みたいな感じ」
「ワットみたいって」柚春は笑った。「どんなところが?」
「またまた難しい質問だね」
「想い人と結ばれる詩を書いてるとか?」
ウォルターは否定も肯定もしない。ただ、笑った。
「はは、ごめん、つまんない話をしちゃったねぇ」
それでさ、と柚春の紙袋に目を向ける。
「それはお土産かい? いつも悪いなぁ」
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シナリオデータ
担当ゲームマスター
桂木京介
シナリオタイプ(らっポ)
ゴールドシナリオ(200)
グループ参加
2人まで
シナリオジャンル
オールジャンル
定員
5人
参加キャラクター数
5人
シナリオスケジュール
シナリオガイド公開日
2026年06月01日
参加申し込みの期限
2026年06月08日 11時00分
アクション投稿の期限
2026年06月08日 11時00分
参加キャラクター一覧
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