ドアの中央には、『ノックは人類最大の発明です』と書いたプレートが下がっている。
自分の部屋なのでその発明を用いる必要はない。少々乱暴に開けて、バタンと閉める。
中倉 琉歌はベッドに身を投げ出した。
──疲れた。
お風呂に入るのも面倒くさいくらい。
白い天井を、半分閉じた目で見つめる。
今年の『七夕ゆかたまつり』は、雨だった。
しとしと、なんて上品なものではなく、どばどば、という感じ。それでも琉歌は浴衣で出かけた。集中豪雨からワーキャーと逃げ回りつつ、それでもそれなりに楽しかった。ダサい言い方かもしれないけど、夏の思い出にはなったと思う。
でも、なにか物足りない。
一緒に行ったのは陸上部メンバーだ。凛々花とユキと中参君、なんか後輩の井ノ上(子犬っぽいので彼のことは呼び捨てしたくなる)まで来て、待ち合わせから別れるまでずっとにぎやかだった。いっぱいお金をつかって、あれもこれも買ったし食べた。ユキと井ノ上なんて浴衣コンテストカップル部門に「ノリで」出場することになり、凛々花と死ぬほど笑い転げたものだ。
それなのに。
琉歌は自分のなかに、埋められない空白があったと感じている。
なぜなのかは、わかっていた。
まつりで買った透明な小さな短冊を持ち上げる。ふたつに割れる仕掛けで、中に紙を入れると外から透けて見える。『ここに書き入れた願いは七十パーセントの確率でかなう!』なるキャッチコピーが添えられていた。百二十どころか百とも言わず、七十パーというのがなんとも微妙である。
願い、まだ書いてない。
琉歌は身を起こし、勉強机についてペンを手にした。
なにを書こう。
ペン先を短冊に近づけ、また遠ざける。遠ざけ、近づける。
願いごとのひとつやふたつ、思い浮かばないわけじゃない。陸上の自己ベスト更新とか、期末テストで赤点を踏まないとか、凛々花のダジャレがもう少しマシになるとか。
でも、なんかちがう。
七十パーセントがかかってるのだ。もっとちゃんと使わないともったいない。
琉歌はペンのお尻で、こつこつと自分のこめかみを叩いた。
正直に書いてもいいのかな。
正直に書いたら、この短冊を誰かに見せられなくなる。透明なのに。むしろ透明だから。見せられない。
──「七夕は誰かと一緒に来るもんだよな、やっぱり」
帰り際、雨宿りしたコンビニの軒下で、中参君が言っていた。誰に向けてでもなく、独り言みたいに。
「誰かって?」とユキが聞いたら、中参君は少し間を置いて「友達とか」と答えた。そのあと全員で「いや来てるだろ!」と総ツッコミになって、笑って終わった。
でも琉歌は思っていた。
友達じゃないほうの、誰か、ってことでしょ。ちゃんとわかるよ、そのくらい。
問題は、中参君にとってのその「誰か」が誰なのかということと、もうひとつ。
琉歌にとっての「誰か」も、もうとっくに、わかっているということだ。自分のなかでは。
ペンを走らせる。
小さな短冊に、小さな字で。
書いてから、すこし恥ずかしくなった。透明なので、当然自分には丸見えだ。
琉歌は短冊をひっくり返して、文字が見えないように机に伏せた。
七十パーセント。
かなえてもらえるといいな、と思う。
でも三十パーセントは、かなわなくてよかったと思う未来もあるのかもしれない。
そんなの、わからないけどね。
琉歌はもう一度、ベッドに倒れ込んだ。天井が白い。さっきと同じ白さなのに、なんとなくちがう色に見えた。
────── ¢ ──────
七夕まつりの翌日は、嘘のように晴れた。
羽奈瀬 リンは縁側に腰を下ろして、祖父母の家の庭を眺めている。
夕暮れが近い。西の空がうすく橙に変わりはじめて、庭の石や苔や、丁寧に刈り込まれた低木を染めつつある。
昨日はあんなに激しい雨だったのに。
寝子島の天気は気まぐれだ。それも含めて、リンはこの島が好きだった。引っ越してきてからそれなりに経つのに、まるで飽きるということがない。
庭の奥に、古い石の灯籠が立っている。もう何年も火を入れておらず、いわばただの飾りだ。
灯籠の屋根に、見覚えのある影がのっていた。
黒い。まるごと黒い。そして、丸い。
夕陽を受けてつややかに光る毛並みと、こちらをまっすぐに見つめるサファイア色の目。
「ひじき」
リンは思わず立ち上がった。
ひじきは返事をしない。ただ灯籠の上で香箱を組んだまま、リンを見ている。おなじみの顔だ。「やっと気がついたか」とでも言いたげな涼しい顔だった。
「久しぶりだね。元気だったかい」
草履をつっかけ、縁側を下りて近づく。ひじきは逃げない。リンが手を伸ばすと、少しだけ鼻を近づけて、それから目を細めた。
いきなりさわるのはよくないかな。
リンはひじきの隣……とはいかないので、灯籠のそばに立った。
猫の目線の先を追ってみる。どこか超然としたそのまなざしを。
「なにかあるの?」
ひじきがわざわざ姿を見せるときは、たいていそういうときだ。偶然の再会じゃない。しいて言えば、偶然をよそおった必然──リンはもう知っている。
猫はゆっくりとまばたきをした。
肯定とも否定ともとれる、曖昧な返事だった。でもリンには、なんとなくわかった気がした。
空の橙が、すこしずつ深くなっていく。祖母が夕飯の支度をしている音が、縁側の向こうから聞こえてくる。
穏やかな夕暮れだった。
でも、なにかがはじまる予感がした。
夕風が、リンの前髪をなでている。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
マスターの桂木京介です。いつまたシナリオが出せなくなるかわからないので、できるうちに公開します。
中倉 琉歌さん、羽奈瀬 リンさん、ガイドへのご登場ありがとうございました!
ご参加の際は、このガイドにこだわらず自由にアクションをおかけください。
お待ち申し上げております。
概要
寝子暦1372年の7月、七夕の直後のお話です。この年の七夕は豪雨に見舞われましたが、それでもイベントは盛り上がったようです。
glamorousという単語には「魅力にあふれた」「華やかな」といった意味がありますね。ゴージャスなお話でも、ロマンティックなお話でも、あなたの解釈によるglamorousな一日についてアイデアをご提供ください。
それをベースに、あるいはそこからさらに膨らませて、リアクションとしてお返しします。
タイトルにとらわれなくて大丈夫ですが、少し意識してみるとアクションを考えるヒントになるかもしれません。
たとえば、
・夏のボーナスが出たので、ちょっと贅沢なランチ
・ビーチで撮影会。暑い!
・占い師に「今日は特別な日」と言われ、ちょっと信じてみることにした。
・憧れのホテルのラウンジで、ひとりアフタヌーンティー。
・夏の夜、コンビニで買ったかき氷を持って、誰もいない公園のベンチへ。
なんてどうでしょう。
NPCについて
制限はありません。ただし相手あってのことなので、必ずご希望通りの展開になるとはかぎりません。ご了承下さい。
特定のマスターさんが担当しているNPCであっても、アクションに記していただければ、私は登場できるよう最大限の努力をしております。
NPCとアクションを絡めたい場合、そのNPCとはどういう関係なのか(初対面、親しい友達、交際相手、桃園で義兄弟の杯を交わした三人など)を書いておいていただけると助かります。
参考シナリオがある場合はタイトルとページ数もお願いします(2シナリオ以内でプリーズ)
私の記憶力は最近とみにやばいレベルなので、たとえ自分が書いたシナリオでもタイトルとページ数を指定いただけないと本気で内容を思い出せません。ご注意ください。
以下のNPCだけは、やや特殊な状況になっています。
・風の精 晴月:色々あって人間になったのですが、飛ぶことや風を操ることはできなくなりました。人間としての名前は『八幡かなえ』です。
おことわり
現在時間は拙作『Day after day』からほとんど動いていません。これは桂木京介独自の時間軸であり、他のマスターさんのシナリオ展開は前提に含めていません。ねこぴょん後の展開についても同様です。そのため、アクションの前提についてのご要望にはお応えできない場合があります。また、『今後成立予定』とされている出来事を既成事実として扱うこともできませんので、あらかじめご了承ください。
それでは次はリアクションで会いましょう。
桂木京介でした!