バスの旅は寝子島を渡って｜リアクション

バスの旅は寝子島を渡って

◆一瞬の景色を切り取って

　とある週末。
　梓智依子は朝早くに起きて、娘の楓と一緒にバス停に向かっていた。
　寝子島でいろんなバスが走っている。
　その話を聞いて、楓がバスに乗りたがっていたからだ。
　たどり着くと、近所のバス停はお魚のバス停になっていた。

「あ、ママ、みて！　おさかな！」

　バス停を指差した楓が声を弾ませる。
　そんな愛娘の姿を見て、智依子の心も弾む。
　しばらく待っていると、お魚のようなバスが停まった。
　早速、それに乗り込むことに。

「すっごーーーい！！」
「本当ね」

　目の前の光景にはしゃぐ楓の様子に、智依子は嬉しそうに笑う。
　バスの車内はお魚というより、海の中をイメージしたものだった。
　明るく楽しい雰囲気が作られており、乗客はお魚になったような感じで楽しめる趣向になっているようだ。
　座席の形もちょうど、『海の仲間たち』みたいな感じの形になっていたりして、ひときわ工夫がなされている。
　二人並んで席に座ると、やがて、バスは次のバス停に向けて走り出した。
　行き先から、向かっているのは寝子島総合病院前だろうか。
　智依子がそう思っていると。

「次は、おさかな病院前です」

　次のバス停の案内アナウンスが、お魚をモチーフにしたものになっていた。
　どうやら、バスの車内だけではなく、バス停の名称も徹底されているようだ。
　それ以降も、バス停はお魚にちなんだ名称ばかりで、乗客たちを大いに楽しませた。

「ママ、みて！　すごいすごい！」

　視線を向けると、楓は代わる代わる景色に夢中になっているようだ。
　目新しいバスやバス停を見つけては、その都度、目を輝かせている。
　智依子が一緒に窓の外を眺めていると、猫のバスとすれ違った。
　すると、運転手が「今さっき、猫が食べたそうにこっちを見ていましたので急ぎます」などと言って、乗客の不安を煽ってきたのだ。

「おさかなのバス、がんばれ～！」

　猫のバスが追いかけてくると思った楓は大はしゃぎ。
　わくわくと興奮で、胸のドキドキがおさまらないみたいだ。

「ママー。おさかなのバス、このまま、にげきれるよね？」
「ええ、そうね。大丈夫よ」

　心の底から楽しそうにはにかんだ楓を見て、智依子は笑みを綻ばせる。
　結局、バスはその後も特に問題なく進み、終点の星ヶ丘駅前までたどり着いた。

「楽しかったね」
「うん！」

　智依子が言うと、楓は嬉しそうに返事する。

「わあっ！」

　バスを降りると、楓は新たな発見をしたようだった。
　智依子が目を向けると、駅前のバス停にも、いろんなバスが止まっていた。
　楓はぱあっと、目をきらきらと輝かせている。
　どうやら、まだまだ、乗り足りない様子だ。

「ママ、あれ乗りたい！」

　くいくいと袖を引っ張る楓に、２度目のバスをせがまれる。

「じゃあ、リンゴのバスにする？」
「うん！」

　智依子は、そんな愛しさに溢れんばかりの楓の笑顔を見つめて微笑んだ。
　リンゴのバスは、どんなバスの旅になるのだろうか。
　想像するだけで心が弾んだ。

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