バスの旅は寝子島を渡って｜リアクション

バスの旅は寝子島を渡って

◆特別な一日

　ねこぴょんから８カ月後の１１月のとある日。
　有沢茉奈は受験の息抜きに、恋人の閑野カノンとデートをしていた。
　来年は大学受験。
　本番まで、あと数ヶ月だ。
　今が追い込みの時期なのだが、勉強をし過ぎてはテンパってしまう。
　適度に休みを入れないと思い、気分転換にお散歩デートをすることにしたのだ。
　二人で並んで道を歩いていると、街中をいろんな形のバスが走っていた。

「何かな？」

　茉奈が注意してよく見てみると、そのバスには思わぬ法則があるようだった。
　あちこちにある変わったバス停で待っていると、寝子島を巡る不思議なバスがやってくるというのだ。
　例えば、猫のバス停には猫のバスが停まったり、ペンギンのようなバスはペンギンのバス停といった具合に。

「何これ、面白そう！」

　その様子を目の当たりにした茉奈の声が跳ねる。

「乗ってみる？」
「うん、乗ってみたいかも」

　カノンの言葉に、茉奈の心が踊る。
　茉奈は弾む足取りで、人波に紛れるように進んでいく。
　隣を歩くカノンと一緒に、近くにあった猫のバス停に並んでみた。
　すると、本当に猫のバスが来たので、一緒に乗ってみることにした。

「わー！　猫の運転手！」

　バスに乗ると、思わぬ光景が飛び込んできた。
　茉奈は思わず、目を丸くする。
　驚いたことに、運転手も猫だったのだ。

「多分、着ぐるみか何かだと思うけど、ずいぶん作りこんでるよね」
「猫の着ぐるみか。すごいな」

　茉奈の驚きの声に呼応するように、カノンも感心する。
　幻想的だったのは運転手だけではない。
　車内も、不思議に満ち溢れていた。
　座席も黒猫、白猫、ブチ猫、サバトラ、茶トラ、三毛猫等々、様々な種類がある。

「手すりは猫の手だし、本気で猫バスって感じだよね」

　茉奈はぐるりと車内を見回す。
　猫づくしの車内は何だか新鮮で、胸が昂るのを感じた。
　そろそろバスが発車するみたいなので、整理券を取る。
　すると、愛らしい茶白の猫の絵柄だった。

「かわいい！　記念に欲しい！」

　歓喜の声を上げた茉奈は、ちらりとカノンを見る。

「カノンは？」
「俺はハチワレだ」
「かわいい！」

　二人は顔を見合わせて、喜びを分かち合う。
　車内の雰囲気を楽しんでいると、くるりとこちらを向いたカノンに手を差し伸べられる。

「茉奈、行こうか」
「うん、ありがとう」

　茉奈はこれから始まるバスの旅を夢想しながら、その手を取った。
　二人は茶トラの猫の座席に座った。
　茉奈が窓際で、カノンが通路側だ。
　やがて、バスが発車したのだが、しばらくしてから予想外なアナウンスが流れ始める。

「緊急事態発生にゃ！　お魚を発見しましたにゃあ！　めちゃくちゃ食べたいので、今すぐお魚を追いかけますにゃー！」

　運転手がそう告げると同時に、猫のバスはくるりと方向転換、お魚のバスを追いかけ始めたのだ。

「お魚、待つにゃー！！」
「……着ぐるみだよね」
「多分」

　鬼気迫る運転手の声に、茉奈とカノンは笑みをこぼす。
　バスの旅がいつの間にか、バス同士の追いかけっこになってしまって。
　さらには『にゃんにゃん』と、パトカーのような猫サイレンまで鳴り出して。
　それ以降も、行く先々で様々なイベントが発生したりして。
　約２０分ぐらい、バスに乗っていたけど、いろいろなことが起こって飽きなかった。

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