バスの旅は寝子島を渡って｜リアクション

バスの旅は寝子島を渡って

◆外は、不思議に満ち溢れている

　その日、嬉野渚は休憩時間と教材の買い出しの時間を使って、街に繰り出そうとしていた。
　子どもたちが話していた、いろいろなバスやバス停に興味を持ったからだ。

「変わったバス停。ふふっ、ちょっぴりドキドキしています」

　渚は胸を弾ませる。
　主任保育士の肩書きを持つ渚は、３児の母親であるが、見た目は結構、幼く見られがちだ。
　がらがらと扉を開け、こども園側の入口から旧市街のいつもの路地に出ようとすると、思わぬ光景を目の当たりにした。

「あれは……」

　入口の脇に、寝子島では見慣れない――でも、別の場所では見慣れた機械が何故か、あったのだ。
　しかも、四角い腰の高さほどのそれには、上部に猫のシルエットが描かれた枠がある。
　渚はおそるおそる近づくと。

「まさかとは思いますが……」

　本土でも使える、寝子電の共通ICカードの『Nyan-Ca！』でタッチしてしまった。
　ぴんと張り詰めた空気。
　渚がハラハラしていると、しばらくして、『うにゃー♪』と認証音が鳴った。
　どうやら、寝子電によくある、IC専用改札機だったようだ。
　安堵したのも束の間、渚はある事実に行き着く。

「……でも、私、タッチしてしまったのですが……」

　少し経ってから、機械からおなじみの接近メロディが流れ始めた。
　そのメロディに、渚の胸がどきりと音を立てる。

「私、どうなってしまうのでしょう？！」

　もやもやと広がる暗雲に、目の前が曇っていく。
　渚が動揺していると、さらに予想外なことが起きた。
　がたん、ごとん。
　寝子電が街の道を走っていたのだ。
　さらに、渚の前にある改札機の前で、ぴたりと停車する。

「何が起きているのでしょう？！」

　想定外な事態はますます、渚の混乱に拍車をかけた。

「なぎさせんせー。あのね、ここはていりゅうじょだよー」

　混乱する渚の周りに、子どもたちが集まってくる。

「えっ……。停留所……？」

　その言葉に、渚はきょとんとする。
　どうやら、ここはバス停ではなく、停留所だったようだ。
　でも何故、ここに！？
　そんな疑問を置き去りにして、車両の扉が開き、猫の車掌さんが降りてくる。

「あ！　ねこのしゃしょうさんだー！」
「にゃー」

　子どもたちの歓声に、猫の着ぐるみを着た車掌さんは手を掲げた。

「驚かせてしまってすみませんにゃ。実は――」

　そう前置きしてから、車掌さんが語ったのは思わぬことだった。
　何でも、今回のバスの旅の話を立ち上げた時、寝子電も路面運行してほしいという要望を受けたらしい。
　ならばと、バスはバス停、寝子電は停留所に停まる形にしたそうだ。
　渚は改めて、車両を眺める。
　路面電車のようなバスなのだろうか。
　見た目は、寝子電そのもので本格的だ。

「あのね、なぎさせんせー。このさきに、つぎのていりゅうじょがあるよー」
「ちかくで、おかしのバスていもみたのー」
「そうなの。すごく楽しそうね」

　子どもたちの明るい声は途方もなく、渚の心を温める。
　子どもたちから聞いた、いろいろなバスや停留所を、実際に自分の目で見てみたいと思った。

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