バスの旅は寝子島を渡って｜リアクション

バスの旅は寝子島を渡って

◆猫に祈りを

　猫のバス停で待っていると、猫のようなバスがやって来る。
　佐藤英二がその噂を聞いて、思い浮かぶのは野々ののこのことだった。
　ののこは同じアパートの二階に住んでいるのだが、いまだに進路が決まったという話は聞いていない。
　６月頃に、銭湯で会った高校時代の先生たちのアドバイスを思い出す。

「野々さんがいろんな所に行ける機会を作ってあげたいな…って思ってた所だし、バスで小旅行に出掛けよう！」

　思い立ったが吉日。
　英二は早速、ののこに電話をかける。

『野々さん、バスの小旅行だって。行ってみない？』

　ののこは元気に『うん、いいよ！』と即答。
　そうして迎えた当日。
　一緒にアパートを出て、猫のバス停を求めて歩き出す。
　――とはいえ、どこに行けばいいのか、見当がつかない。

「よぉしっ、まずは寝子島駅に行こうっ！」
「野々さん。そんなに急がなくても、猫のバスは逃げないよ～」

　目的地を定めて、今にも駆け出していきそうなののこを、英二は笑いながら追いかけた。
　二人で雑談しながらぶらついていると、ふと猫のバス停らしきものが見えてきた。
　猫の形をかたどった、愛らしいバス停だ。
　しばらく待っていると、やがて猫のバスがやってくる。

「いっくよ～、英二くん！　寝子島の果てに向かってばっひゅ～～～ん♪」
「のっ、野々さん。そんなに急いで乗らなくても――」

　すると、無意識だろうか。
　ののこはぱっと、英二の手を握って駆け出したのだ。

（えっ……野々さん！）

　英二はなかば、引きずられるかのようにバスに乗り込む。

「わー！　サバトラの整理券っ！　英二くんは、どんな猫だったの？」
「えっ、ぼ、僕？　三毛猫だよ」
「いろいろな絵柄があるんだね。すごいねえ」

　ののこらしい言葉に、英二も身体の芯から自然と笑みが込み上げてくる。
　猫の絵柄の整理券を取り、二人は猫を模した座席に座った。

（車内、どこも猫づくしだ。これから、どこに向かうのかな）

　それを意識すると、胸が高鳴る。
　前もって、コンビニで買っておいたお弁当とお茶もある。
　英二がワクワクと、バスの行き着く先を確かめていると。

「次は、にゃんにゃん神社前ですにゃ」

　バス停の案内アナウンスがすべて、猫をイメージしたものになっていた。

「英二くん、見て！　にゃんにゃん神社前のバス停が見えてきたよ！」

　次々と移り変わるバス停の名称に、ののこの表情がぱあっと明るくなる。

（野々さん、嬉しそうだ。誘って良かった。この小旅行を通じて、野々さんが『やりたいこと』のインスピレーションを得ることが出来たらいいな）

　そう思っていたら、ののこが手を合わせて弾けるような笑顔をみせた。

「はいっ！　英二くんが幸せになりますようにっ。ここからでも、願い叶うよね」
「ありがと。……って、わっ、猫神社のバス停があるんだね！」

　英二が視線を向けると、バス停そのものも、猫神社のような形のバス停になっていた。

「でしょでしょ？　すごいねえ！」

　ののこは興奮した顔で、英二に向かってピースサインを向けてくる。
　英二は何だか、不思議な感じだと思った。
　優しいけれど、甘酸っぱい。
　大切な人に幸せを願われるって、こんなに力になるんだ。

「いいなー！　猫神社の巫女も面白そうだね！」
「ゆっくり考えよう。僕も付きあうからさ」

　景色を楽しんで、お弁当を食べた後は、ののこのやりたいことを見守りながら、小旅行を満喫する。

　今日、全てが見えなくたって構わない。
　一緒に進もう。
　これから先も、迷うことなんてないように。

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