散歩に行こうよ｜リアクション

散歩に行こうよ

【帰り道】

　ねこぴょんの日のすぐあとの夏。
　八神修は、寝子島に帰省していて、帰った時のために借りているマンションで過ごしていた。
　そしてそこには、夏休みで寝子島に来ている七夜あおいも連泊していた。

　そんなある日、２人は鎌倉で行われた音楽イベントへ出かけた。
　その帰り道のこと。
「すっかり暗くなってしまったな」
　あたりを見回し、修が言う。
　すでに日は落ちて、空には月が昇っていた。
　２人が歩くマンションへの道に、他の者の姿はなく、あたりには彼らの足音だけが響いている。
「でも、とっても楽しかったわ」
　あおいが、弾んだ声を上げた。
「ああ」
　修も、うなずく。そして、屋外ではしゃいで、フードコートで軽食も食べた……何より、どのアーティストの曲もすばらしかった、今日一日のことを思い出した。
「行くのは初めてだったけど、ライブ、良かったなぁ。音楽がまだ、体に残っているようだ」
「私も」
　修が言うと、あおいもうなずく。
「まだこのあたりで、楽器の音や歌声が鳴り響いてる気がするわ」
　言ってあおいは、自分の胸元に手をやった。そして修をふり返る。
「行ってよかったわ。誘ってくれて、ありがとう」
「俺の方こそ、一緒に行けて、よかった」
　礼を言われて、修もおちついた笑顔でうなずいた。

　だが、修の心中では、小さな嵐が巻き起こっていた。
　彼の体の中では、まだロックのリズムが木霊していて、昂った気持ちが続いていた。そんな彼にとって、今のあおいは、刺激的だった。
　イベントの余韻で潤んだ瞳に紅潮した頬だけでも、目のやり場に困る。なのに、短いスカートと襟ぐりの大きなトップスという開放的な夏のいでたちに、羽織った日焼け防止のパーカーから覗く腕は、月光の下では妙になまめかしく見えて、目の毒でしかない。
（あおいが好きすぎて、呼吸が辛い）
　修は湧き上がる愛しさと胸の昂りに、息が詰まって、めまいを起こしそうになる。
（おちつけ、俺）
　自分で自分に言い聞かせて、小さく深呼吸すると、彼は改めてあおいを見やった。
　と、こちらを見つめて来るあおいの頬が、更に赤く染まっている気がする。
「まだ、ライブの余韻が続いているのかしら。私、なんだかドキドキしてるわ。それとも……」
　言いかけて、あおいはつと恥ずかしそうに顔をそらした。
　その時、月が雲に隠れて、あたりは一瞬暗くなる。
　暗闇の中、あおいが少しためらうように、手をつないで来た。
　息が上がるのを感じながら、修はその手を恋人つなぎに握り直す。
　つないだ手から、ぬくもりと共に、あおいのドキドキが伝わって来た。
（あ……）
　あおいも自分と同じなのか――と修が思った瞬間。
「きゃっ！」
「危ない！」
　何かにつまずき、ころびそうになったあおいを、修はとっさに支えた。
　その時、雲が切れて月が現れ、思いのほか明るい光が彼らを照らした。２人は思いがけず、息がかかるほどに近い距離で、見つめ合うことになった。
「あ……」
　あおいは一瞬目を見張り……そしてつとまぶたを閉じる。
　それが合図だったかのように、修はあふれる気持ちのままに、あおいを抱きしめ、くちづけた。
　抱き合う２人を、ただ月だけが見下ろしていた――。

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