ある休日の一日｜リアクション

ある休日の一日

　笠原ひびきと北条冬華は２人一緒にベーカリーショップ『キムンカムイ』にやって来た。
　２人ともボクシング部であるが、今日は休日なので制服ではなく私服だ。
　ちなみに誘ったのは冬華の方である。
　誘われたひびきは正直空腹ではなかった……が、せっかくの申し出を無下にする必要などない。
　それに、誘ってもらえることが実は嬉しかった、というのはひびきだけの秘密だ。
「ひびきさん、何を食べます？」
「この店、サーモンサンドが人気なんだっけ」
「サーモンサンドですか。じゃあ私はサーモンフライのサンドで」
「あたしはスモークサーモンで良いや」
　減量を気にするわけではないが、ボクシングをしている身なので嗜み程度にだ。
「あとはクロワッサンと紅茶でも買いましょうか」
　冬華はサーモンサンドに加え、クロワッサンと紅茶をトレイに乗せる。
　レジの前で冬華は飲食スペースを指し示した。
「せっかくですから、店内の飲食スペースで一緒に食べましょうか」
「しかし、パン屋っていうより喫茶店って感じだな。最近のパン屋ってこんな感じなのか？」
「パンの販売コーナーと飲食コーナーが隣同士にあるのはよくありますよね」
　パン屋に行き慣れないひびきは、冬華の誘いに頷いて空いている２人席に座った。
　向かい合うように座って、サーモンサンドを口にする。
「美味しいですか？」
「ああ」
　ひびきは短く答える。
　そこで２人の会話は終わってしまう。話が続かない。
　実はひびきは心の内で焦っていた。
　こういうときはどんな話をすればいいのか。
　部活の話がいいのか、しかしボクシングの話をするのは女子高校生としては……。
「ひびきさん」
　しかめっ面をしてサーモンサンドを見つめていたひびきは、冬華に呼ばれて顔を上げた。
「クロワッサン、美味しいです。このお店は良いお店ですね」
「どうして？」
「お母さんが言ってたの。クロワッサンが美味しいお店は良いお店だって」
　冬華はクロワッサンを半分千切って、ひびきに差し出した。
「ひびきさんも、どうぞ」
　２人してクロワッサンを食べ終わり、今度はサーモンサンドに手をつける。
「ひびきさんはこの前、インタ―ハイの予選で勝ちましたよね」
「えっ、何？　インハイ予選？……偶然作戦が当たっただけだから、付け焼刃は限界があるよ」
　その言葉を謙遜と捉えたのだろうか、冬華は首を振る。
「凄いですわ。私もひびきさんみたいに強くなりたいですね」
「というか、北条だって勝ってたろ」
「私ですか？　勝ったのは運が良かっただけですよ」
「私も、自分の身ぐらいは守れるようにならなきゃ、と思いますし」
「正直びっくりしたよ、北条は人と殴り合うのなんて、似合わなさそうな感じだったからさ」
　共通の部活の話だからだろう。会話になっている。
「そうだ。ひびきさんと今度、模擬戦をしてみましょうか」
「手加減はしないぜ」
「はい、約束ですよ」