ある休日の一日｜リアクション

ある休日の一日

「ぐっもーにん！」
　看板の鮭を咥えた熊に声を掛けて、マリナ・Ｍ・マディソンはせっせとテーブル・椅子を拭く。
　今日は休日だがマリナの朝は早い。
　下宿をしているのがベーカリーショップであるのが理由の一つだ。
　要はアルバイトという立場である。
　店内から見えた虹がまだ薄青色に染まりつつある空に掛かっていた。
　外の飲食スペースで開店準備に勤しみながら虹を目の端に捉える。
　これから始まる慌ただしさへの不安が無いとは言わない。
　まだアルバイトを始めて日が浅いため、必然的に客足の多い休日は特に不安だ。
　けれど虹を見たマリナの心は、不安よりも期待の方が勝っていた。
　拭き終わって、マリナはパタパタと店内に戻る。
　焼き立てのパンを販売スペースに並べて準備万端。
「ベーカリーショップ『キムンカムイ』開店デス！」

「美味しいパンは～、焼いても冷めても凍ってもパサついても美味しいのだ～♪」
　不思議な歌を歌いながら、後木真央がやって来た。
「にゃっふぅ、お早うございますなのだ！　早朝お安いパンはありますかなのだ？」
　準備中には気が付かなかったが、実はどこかでこっそり開店でも待っていたかのだろうか。開店直後の来店である。
「イラッシャイマセー！　お早うございますデス！」
　真央のテンションに負けず劣らず、マリナは大きな声で挨拶する。
「真央ちゃんちの近所のパン屋さんは、朝１０時まで昨日のパンの詰め合わせセットをテイクアウト珈琲付きでお安く販売してたのだ、たまに食べるの大好きだったのだ♪」
　歌いながら真央は販売スペースをのぞきこむ。
　その目が期待に満ちていて、マリナは続ける言葉に迷う。
「１度食べ慣れちゃうとパン屋さんの美味しいパン以外食べられなくなるのだ、拷問なのだ～」
　パンを眺めていた真央はがっくりと肩を落とし……たのも束の間。勢いよく顔を上げるとマリナを見る。
「でも真央ちゃん諦めないのだ。また来るのだ～♪」
　続くマリナの反応を見ることなく、真央は歌いながら店を出ていった。

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