ある休日の一日｜リアクション

ある休日の一日

「こんにちは、マリナさん」
　ふわりと微笑みを浮かべ、ゼシカ・ホーエンハイムはマリナに声を掛けた。
「イラッシャイマセ！」
　マリナの声が店内に響き渡る。
「相変わらず盛況ですこと。ここのパンは本当にほっぺた落ちそうなくらいに美味しくて、教会の信徒さんの間でも評判ですの」
　それに、とゼシカは続ける。
「蔦薔薇の館で出すパンとジャムはここのを使っているんですのよ」
「いつもありがとうデス」
　マリナの人懐っこい笑顔にはどこかほっとするものがある。
　外国人の誼で親近感を覚えるからかもしれない。
「そういえば、このお店にはシュトレンがございますの？」
「しゅとれん？」
　聞きなれない言葉に、マリナは首を傾げる。
「ドイツのクリスマス菓子ですけれど……わたくしも作りますが、家庭やお店によって味が違うので毎年食べ比べが楽しみで」
「クリスマスデスか……。今は７月デスからね……」
「些か気が早すぎるでしょうか」
　苦笑するゼシカを励ますよう、マリナは言った。
「またボスに言ってみるデス！　シュトレン、シュトレン……」
　忘れないよう、マリナはメモを取る。
「ええ、楽しみにしていますわね。それにしても」
　ゼシカは懐かしむよう表情になる。
「パンの幸せな香りは、故郷のドイツを思い出させますわ」
「何か思い出があるデスか？」
「わたくしが生まれ育った村では朝ともなると焼きたてのパンの香りが漂いましたの。親切な村の方々からよくお裾分けに預かりました。籠をもって村中の家を回るのが仕事でしたわ」
　故郷に思いを馳せるように、ゼシカが目を閉じる。
「この匂いを嗅ぐと幸福な昔を思い出します。みんな元気でいるかしら……お会いしたいですわ」
「もしかして常連さんかな？」
　ゼシカの隣でパンを眺めていた神野マキナが、２人の会話に混ざる。
「ええ。マキナさんは初めてですの？」
「話には聞いていたけど、実際に買い物に来るのは初めてだよ」
　そう言うマキナのトレイには、数種類のパンが盛られていて、サーモンサンド以外は甘いパンばかり。
　迷うくらいなら１つずつ買ってしまおうという考えだ。
「はちみつミルクパン？　美味しいの、マディソンさん？」
「あ、ええと美味しいデスよ。どの位美味しいかと言うと……」
　どのように説明するべきか、マリナは暫し首を捻り思案する。
　やがて店の奥へ行き、小皿を手にして戻ってきた。
　切り分けたパンやジャムを取った小皿である。
「甘くて美味しい……これも買おう。あと、このジャムも。ちょうど自宅用にいちごジャムが欲しかったんだ」
　はちみつミルクパンを１つと飲み物をトレイに乗せると、マキナはレジへ進んだ。
「サーモンサンドとジャムだけ持って帰るから、袋に入れてもらえるかな」
「はいデス……って、パンすごく好きなのデスか？」
「甘いものがね」
　マキナはトレイに山積みにされた甘いパンに満足げな表情を浮かべる。
「それにしてもこんなに種類があると悩んでしまいますわね。たくさん食べられるマキナさんが羨ましいですわ」
「甘いものは別腹だよ」
「ではわたくしは……フランスパンと食パン、それからベーグルにしましょうか」
　言いながらゼシカはトレイにパンを取り、マキナと同じくレジに行く。
　そこでジャムもトレイに追加した。
「ジャムはお菓子にも活用できますから、とても重宝いたしますわ。でも帰りに転ばないよう気をつけませんと」
　以前転んでしまった経験でもあるのだろうか。
　ゼシカは苦笑しながら慎重に袋を手にした。