one photo｜リアクション

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　海中遊覧は花に彩られた。記憶によれば丁度その時、麗しい人魚と見目の良い人間の王子が結婚式を挙げているところだった。水中花の鮮やかな赤や桃色、黄色が舞い散ると花嫁の笑みは弾け王子の幸福も深まるようだった。
　水槽の外にそれらを眺めた稲積柚春の心もゆらゆらと蒼い水に揺蕩った。隣には、そう、Bopがいた。彼もまた海流を漂い流されまいと泳ぎ、すいすいと手足をかいて柚春の肩口へ掴まるとすとんと腰を落ち着けた。
「何を想像してるんだ？　当ててやろうか、柚春」
「え、何って？　いや、僕は別に……」
「誰かさんにもタキシードが似合いそうだなとか、そんなとこだろ？　ちぇっ、面白くねぇのー」
「そんなんじゃないってば。もう、Bop！」
　あの頃はまだ感情の揺らぎに戸惑いがちで、自分がウォルター・Bをどう見ているのか、胸を占める想いの正体にさえ確信が持てなかった。触れれば解けてしまいそうで、それが惜しくて、おっかなびっくりだった。彼は大人で自分は子供だった。先生と生徒、どうしようもなく高い壁を見上げてどうにかそれをぶち抜こうともがく日々だった。
「こんな時には、きっとあいつが……ああほら、やっぱりな。タイミングだけはいいんだよなぁ、あいつ」
「な、何が？　誰が？」
「あいつだよ、あいつ。ほら」
　そう残してBopが物言わぬカプセルギアへと戻ったところでまさしく、タイミングばっちりの彼が現れる。
「稲積、どうしたぁ？　困りごと？」
「あ……ウォルター先生！」
　あの頃はまだ「ワット」でもなく「ウォルターさん」でもなかった。隔たりある二人、それでいて「秘密」を共有する二人だった。突破の端緒はそこにあったわけだ。
「あはは、確かに良く会うねぇ」
「これも運命、かな？」
　壁の向こうの彼は謎めいていたが、薄皮をめくるように少しずつ前へと進んでいった。口からはこぽこぽと泡が漏れ出る。いつのまにやら自分たちもまた海中遊覧の最中であった。花は舞い散り赤、黄、桃色と鮮烈に弾けた。
　碧海には彼の記憶も漂っている。秘匿する記憶、思い出したくもない記憶、忘れるべきでない記憶。それらを目にし、思わずこぼした柚春の涙も泡と解けた。それでも諦めきれずに日々突貫の猪突猛進。全力投球。
　この一枚はそんな中でのワンシーンを切り取ったものだ。

「柚春？　何か……妄想に耽ってる？」
「え？　あー。懐かしい写真が出てきたから、昔を思い出しちゃって」
　ブラックウッド邸のテラスで風にそよがれ、スマホの写真の整理などしていた。随分と長く使ったからそろそろ機種変更に踏み切るべきか、と溜まりに溜まった写真を分類あるいは保存する作業に没頭していたのだ。

「ほら、これ。覚えてる？　夜の水族館の」
「ああ～、あの時ね。確か結婚式をやってた……」
「そうそう、新郎が王子様で新婦さんが人魚で、すっごく綺麗だったなぁ」
　今度また同じところで撮ってみようか。そんな話で盛り上がる。水にこそ入らずともあの幻想風景の只中にあれば、特別な思い出が一つ増えることだろう。それに今はあの時とは立場も違う。生徒でも教師でもない、ただ将来を誓い合った平凡にして唯一無二の恋人たちだ。
「その写真、僕のスマホにも送ってよ。入れておきたいから」
「ん……それなんだけどさ。せっかくだし、ワットも一緒に機種変しない？　お揃いのやつに」
「ああ、それもいいね。僕のも確かに変え時かなぁ」
「機種が一緒なら写真のサイズも一緒でしょ、受け渡しもしやすくなるし。それに、お揃いのアクセサリーをつけても可愛いしね」
　一理ある、と彼も真剣に買い替えを考え始めたようだ。彼は何だかんだと新し物好きな質である。
「じゃあ、今度の休みにでも一緒にお店へ行こうか」
「うん！」
　そうして彼と揃いの物が増えていくと、繋がりが深まるのを感じられる。
「どんなやつにしようか？　これなんかどうかなぁ。カメラがすごくて、二億画素の高解像度で一眼レフ並みの……」
「へぇ～、すごい！　あ、こっちのこれもすごそうだよ、ＡＩで写真の加工が自動で……」
　実のところ性能だのカメラ機能だのは重要でないのかもしれない。そうして二人で等しく共有する行いにこそ、満ち足りるというものだ。

　その日の柚春は夢を見た。尾びれで碧海を颯爽と泳ぎ、爽快な旅の末に人間の王子の元へとたどりつくと、両の足を手に入れ彼の元へ嫁ぐ夢だった。幸い泡になってしまうこともなく、朝方に寝ぼけ眼で目が覚めるまで二人（と一体）での海中遊覧を楽しんだ。

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