one photo｜リアクション

one photo

「ママ。なんてよむの、あれ？」
　袖を引っ張る愛娘に梓智依子は道端に掲げられた看板を見つめた。旧市街の味わい深い通りにあってなかなかに年季の入った看板だった。
「ええと。『写真工房MIRAI』ね。お写真を撮ってくれるところ」
「しゃしん？　しゃしんはいっつも、ママがとってくれるよね？」
「このお店の人は、もっと撮るのが上手なのよ」
「？？　ママも、じょうずだよ？」
　我が子の健やかな成長を具に記録しておきたいと思うのは当然の願いだ。智依子もまた世の多くの母親と同じように、折に触れてスマホを取り出し楓の写真を撮影してきた。

　あまりにもその数が膨れ上がりスマホの記録容量を圧迫したため、最近は祖父に買ってもらったノートパソコンへ逐次データを移し整理しているくらいである。
　楓が目にするのはそんな風に智依子が撮影したものばかりだから、プロの写真家が撮った自分を想像できないのも無理はない。智依子自身も、着飾っておめかしした楓がプロの手でどんな一枚へと切り取られるのか、心惹かれる興味はあった。
「ねぇママ、あれは？　なんてよむの？」
「どれ？　ああ。『one photo キャンペーン』？」
「わんほと、きゃんぺ……？」
　見れば衣装と背景を合わせ、ここではない別の空間を演出し撮影できるサービスだという。ラインナップに「剣と魔法のファンタジー」だの「ＳＦ風未来世界」だのとあるのを見るとサブカル好きに向けたニッチなサービスかとも思ったが、もう少し大人しく普通のドレスやスーツといった選択肢もあるようだ。
　そういえば、と智依子は記憶を手繰る。確か祖母が言った言葉だっただろうか。「子供は撮られるより、一緒に撮りたいのよ。大人になっても、若い頃のお父さんやお母さんに出会えるしね」なんてことを語ったのは智依子が楓を撮ることに忙しく、自身の写り込む余地があまり無かったからだ。ノートパソコンのデータに収まっているのは楓一人の写真がほとんどで、それではいけないと近頃は自分や祖父母と共に撮影する機会を増やすようにしていた。いつか楓が来た道を振り返りアルバムを覗き込む時、そこにはまだ若く元気な智依子や家族の顔があるだろう。それらはきっと楓にとって思い出となり将来の財産ともなるはずだ。
「ママー？　わんほとってなに？」
「……ねぇ、楓。ママと一緒に写真、撮りたい？」
　しばしの思考の後そう尋ねてみると、楓の目はまん丸に見開かれ星くずめいて輝いた。返事はもちろん、「うん！」だ。

　撮影は難航した。思いの外と言うべきか当然と言うべきか。
「これはどう？　楓にぴったりだと思うけど」
「や！」
　楓の「や！」が飛び出すといかなる衣装も陳腐化してしまう。これという一着を選ぶのに迷いに迷い、一向に撮影へかかれない。智依子の勧める魔法使い風コスチュームに杖のセットも、海賊風衣装もくのいちのような忍者コスも、まとめて「や！」となった。写真館のスタッフがいくらでも時間をかけていい、と言ってにこにこと待っていてくれるのは助かった……きっと子供の撮影においては、こんな光景も珍しくはないことなのだろう。
「もう、ぜんぜん決まらないじゃない。これだって、これだって可愛いし似合ってるわよ？」
「だって～」
　もっとも楓はやみくもに拒否するわけではなく、どうやら選考には譲れない基準があったらしい。
「ママもかわいくないと、ダメだもん！」
　自分よりもむしろ智依子をプロデュースしているつもりであったようだ。
　気の済むまで選んでいいとスタッフがしきりに言ってくれるもので、その後もしばしコスチューム選びに没頭した。楓が目を輝かせて「これ！」と言ったのは、それから更に三十分も経った頃だったろうか。
「それじゃ、撮りますよ～」
　楓がチョイスしたのはお姫様のようなピンクのフリフリドレスだった。合わせて智依子にも小さな手で衣装が宛がわれたがこれがフリル満載のゴスロリ風ミニスカートドレスであり、これは楓を説得し中世ヨーロッパの貴族淑女的でクラシックなドレスで手を打ってもらうことに成功した。色も合っていて丁度いいだろう。
「楓、ほらポーズ。動かないでね」
「うん！」
　両手でピースはお姫様らしくないようにも思うが、まぁ可愛らしく愛嬌たっぷりだ。背景は桃色の薔薇が咲き誇る古城の庭園とした。
「はい、チーズ！」

　パソコンのデータを増やしていくのも良いが、フォトスタンドに入れて飾るのも気分が華やぐ。ドレス姿の二人を切り取った一枚は長く写真棚に飾られ、祖父母の目も大いに楽しませた。

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