この手で、君と。This is where we begin｜リアクション

この手で、君と。This is where we begin

　窓から差し込む柔らかな光が、アンティーク調のテーブルに影を落とす。
　城内の喧騒から少し離れたカフェは落ち着いた気品に満ちていたが、どこかブラックウッド邸を思わせる装飾もあって、２人は目配せして笑い合った。
「紅茶の種類も、同じくらいあったりして」
「どうだろうねぇ。確かに、うちにも結構あると思うけど……」
　メニューを開いて紅茶の多さに２人はまた笑って、英国風サンドイッチと季節のスコーン、そして柚春はダージリンのファーストフラッシュを、ウォルターはグレンデール産のニルギリを注文する。
　ゆったりしたクラシック音楽に時折混ざる、鐘の音。けれど、もう柚春の心は苦しくならなかった。
（明日になったとしても……それは、ワットがちゃんと考えてくれているからだよね？）
　ここまで待ったのだ。今更、癇癪を起こして台無しにする気なんてない。
　そう思える一方で、本当にそうなのかという不安もまた、心の奥底で僅かな物音を立てる。
「ワットは鍵……持ってきた？」
　去年、ここへ来たときに渡した小さな鍵。
　今はお揃いで使っている、パズルをモチーフとしたシンプルなレザーのペンケースの引手部分に、交換したパズルピースと一緒にチャームとして付けられているはず。
　もちろん、普通の旅行であればペンケースなどわざわざ持ってくる必要はない。
「柚春、今日は――」
「持ってるかだけ。……それだけ、聞きたいの」
　あの鍵は、去年ここで貰って出せなかった、恋人証明書を仕舞っている小箱の鍵だ。
　例え今日使わなかったとしても、彼が持っていてくれるだけで気の持ちようが変わる。
　祈るような瞳に抗いきれず、ウォルターはぽつりと静かに呟いた。
「車の、鞄の中。……忘れるわけがないよ」
　一瞬だけ複雑そうな顔をしたのは、何を考えてのものだったのだろう。
　すぐに穏やかな微笑みを取り戻したけれど、柚春には気付かぬふりをするしかなかった。
「うん……ありがとう」
　旅行には持ってきてくれている。今この場に無いということは、少し寂しく思うけれど……きっと明日には、小箱を開くときが来ると信じていい。
（明日のお楽しみって、そう言ってたもんね）
　ならどうして今日ここへ来たのかは気になるけれど。
　料理も運ばれてきたこともあり、まずは少し優雅なランチタイムを過ごすことにした。

　土産物屋に立ち寄って、とくにあてもなく棚を眺める。
　バルミュラル城の写真が大きくプリントされた焼き菓子の箱に、教会モチーフの紅茶缶。揃いのマグカップやキーホルダー、縁結びの数々をうたうグッズが所狭しと並んでいた。
　その中にはもちろん、証明書やアクセサリーなどを収納するのに向いた小箱も並んでいる。柚春は去年と違う気持ちでそれを眺めていることに苦笑して、他の土産物へと目を向けた。
「ね、メアリさんへのお土産どうする？　こっちとか、イギリスの老舗メーカーって書いてあるけど」
「そうだねぇ……食べ物はすぐ『ご一緒に』って僕らにも配られちゃいそうだからなぁ」
　なら１人で楽しめるサイズ感か。それとも消え物以外か。
　どれがいいかなと悩む時間は楽しいけれど、時間を確認したウォルターが、どこか切り出しにくそうに柚春の様子を窺っている。
「……大丈夫。また明日、来られるもんね！」
　そろそろ次の目的地へ向かうんでしょうと微笑んで、明日ゆっくり選ぼうと、２人は店を後にした。
　すれ違うように入店してきた恋人たちが持っていた恋人証明書を、やっぱり羨ましく横目には見てしまったけれど、名残惜しさはそこまで強くない。
　前を向く柚春に視線を奪われ、ウォルターは言葉を飲み込んだように難しい顔で笑った。
　胸ポケットに触れる。すぅっと深呼吸をすると、ゆっくり彼女の手を取り駐車場へ向かう。

　去年は叶わなかったこの場所が、今は約束の地になっている。
　果たされるときはもう――すぐそこまで、来ていた。

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