指折り数えて待っていた。
ずっとずっと、まだかまだかと――恋い焦がれながら待ち続けた日がやってくる。
桜の開花予報が始まり、つぼみが膨らむ様子も見える頃。
自室でクッションを抱えた
稲積 柚春は、もだもだと暴れては溜息を吐くのを繰り返し、いつものようにカプセルギアの
ворへと話しかけていた。
「ねえ、本当にわかってると思う?」
もちろん、玩具である彼は喋らない。けれど反射の加減で表情が変わるように見えたり、体勢が崩れてヒントを指し示してくれるのもあって、柚春はどうしても話しかけるのを止められなかった。
……いや、彼を拾ってからのお喋りが日課となっているだけではなく、期待と想いが収まらないのだろう。
「誕生日だけじゃ、ないんだよ」
大丈夫かなぁと息を吐き、自信を取り戻すように右手の薬指を見つめる。その薬指に輝く
ペアリングは、昨年の3月上旬にお台場で買ったものだ。
右薬指に指輪を付ける意味は、『予約済み』か『募集中』と正反対。だからこそ、互いがしっかり予約済みであるとわかるようにと、少し背伸びをして
ウォルター・Bと共に選んだ大切な絆の証。
恋人として付き合ってほしいと言えば、彼は「いいよ」と返事をくれた。
彼と気持ちを繋いでいる。そのことに疑いはなくても……今の2人は残念ながら、『恋人』ではない。
――好きだから『今は』付き合えないんだ。
精一杯の告白をした一昨年の12月当時は、柚春もまだ16歳の高校2年生。
大人として、教職に就くものとして、ウォルターは柚春の気持ちに応えることはできなかったのだろう。
現に彼は彼女の未来を縛る足枷にはなりたくないとまで言っていた。気持ちがなくて断られたならまだしも、あるからこそ『恋人の席を空けて待っている』という狡さ。その中に同居する誠実さは柚春にもしっかり届いているし、厭う理由にはならなかったけれど。
「……待ったよ」
もう、制服に袖を通すこともなくなる。
そうすれば、今度は――2人を阻むものなんて、全部無くなってしまうのだ。
(今年の誕生日は、きっと特別なものになるよね)
期待からじゃない。願望なんてものでもない。
確かに2人が交わした約束が果たされると……そう、信じているから。
1373年3月31日――早朝の寝子島を出発したロイヤルブルーのスポーツカーは、北へと走り続けていた。
かつては
メアリ・エヴァンズも含めた3人で訪れた場所へ、今度は2人きり。
あのとき出来なかったことを、今度こそと意気込む柚春を助手席に座らせ、ウォルターはどこか緊張していた。
「晴れてよかったね……って、なんか考え事?」
「ああ、いや……責任重大だなぁ、ってね」
名実ともに、柚春が学校を卒業するのは今日の終わり。
つまり今この瞬間はまだ、けじめとしても先生の心を忘れてはいけない。
(堅いかなぁ。でも、ここまで来たら最高の記念日にしてあげたいよねぇ……)
今からでも旅程を変えてしまうか、それともこのまま予定通りで。頭が切れるはずのウォルターも、恋愛方向となるとからっきしのようで、一応考えていた別プランをどう提案するかシミュレートしている。
それに気付いているのかいないのか、柚春はえへへと小さく笑うと、確認するような眼差しを向けた。
「……楽しみに、してるからね」
なにを、とは言わない。
ねだるでもなく、子供みたいにはしゃぐでもなく。ただ真っ直ぐに届けられた想いの強さを、改めて感じる。
そっとサイドミラーを見る素振りで隣を盗み見ると、ウォルターは優しく微笑み返した。
(柚春が待っているのは、楽しい旅行でも、証明書を書くことでもなくて……『約束の続き』だ)
記念日として完結するものではなく、始まりにしなければいけない。
柚春が卒業を迎え、18歳となる大きな節目は、ウォルターにとっても大切な節目。その時間をくれるというのだ、返す言葉は決まっている。
その頃、ブラックウッド邸ではメアリがひとときの休息を取っていた。
今日はウォルターの外出に合わせ休暇をと言われているが、きっと午後からはのんびり細かい家事に精を出す気なのだろう。きちっと結い上げられた髪を解きもせず、未だ主を送り出したときのメイド服姿のままだ。
(こんなに早くお出かけになるなんて……せっかちなおふたりですね)
クスクスと笑って時計を見ては、まだ2人は到着していないかと道中の無事を祈り。一緒に訪れたあの日を思い返しては、柚春の無理に明るく振る舞っていた様子に心を痛めて。
(けれど、もう大丈夫ですね)
この日に旅行へ出ると言った、主の照れた顔。少し覚悟を漂わせた、外出前。
ブラックウッド家に仕えて長く、幼少の頃より知るウォルターと日本に来て10年以上。ずっと
過去に縛られ続けた彼を、おこがましくも母のように見守り続けてきた。
時に過ぎたるスキンシップには口を挟むこともあったけれど、ウォルターが真面目すぎるほど誠実に、柚春への気持ちを丁寧に温めてきたことも知っている。
(あのひとがやっと選んだ未来を、どうか、誰よりも祝福できますように)
指折り数えて待っていた。
ずっとずっと、まだかまだかと――恋い焦がれながら待ち続けた日がやって来た。
リクエストありがとうございます、浅野悠希です。
こちらは、稲積 柚春さんのプライベートが満載なシナリオです。
このシナリオでは『時の流れ』が設定されています。 ※プロフなど各種設定にご注意ください。
■年月日 :寝子暦1373年3月31日(水)~4月1日(木)※あくまでこのカレンダーは目安です。稲積さんの思う世界線のカレンダーをご使用ください。
■気象予報:お天気は晴れ。夜更けには下弦の月が輝くでしょう。
概要 - 素敵な誕生日を過ごしましょう! というシナリオです -
※ このシナリオは、前後編の2部構成です ※本シナリオ(前編)では、3月31日~4月1日(仮)の約2日間を中心に、群馬県への旅行風景を描きます。
後編はこのリアクションが完了後、「明日も、君がいる。You are my tomorrow」として公開予定です。
状況
寝子島高等学校の卒業式を終えた稲積さんと、春休み中のウォルターさんは、2人で思い出の地を巡ることに。ガイドではすでに出発済みとしましたが、お好きなシチュエーションからの開始もOKです。
※オススメは到着してから。たっぷり現地でのデートを楽しんでくださいね。
できること
基本的に、モデルとするお城で出来ることはもちろん、過去にやっていたイベントなどもOKです。あんまりにも季節外だと対応できませんが、この周辺で出来そうなことも含め、挑戦して頂けます!
デートコース
本日は、過去の思い出の場所へ行くとお伺いしています。そのため、2人でデートコースを練っていたことにしても構いませんし、オススメでも対応できます。
> モデルケース
午前中 :お城到着。少し早めに着いて、空いてる時間にサラッと。
お昼過ぎ:赤谷湖へドライブ。桜が見頃です!
夕方 :宿泊先へチェックイン。
夜 :星空を楽しみながら誕生日。
翌朝 :ここへきた『目的』を達成!
などなど、こんな流れをベースにしても、まったく違うプランでもOKです!
ガイドに縛られず、申請いただいた内容も含めて自由にアクションしていただけますので、ご安心くださいね。
NPCとXキャラ - 申請時に指定頂いたシナリオは再送不要です -
今回登場とお伺いしてますのは、NPC:ウォルター・B
1年と少し前。稲積さんの告白に狡い返答をしましたが、着実に想いを深めてきました。
覚悟は決まっているようですが、それはどこまで……? 彼も緊張しているようですよ。
NPC:メアリ・エヴァンズ
今回はお留守番ですが、思い出話を聞けることを楽しみにしているようです。
Xキャラ:緑林 透破(вор)
※通常シナリオと違い、Xキャラを単独で自由に動かすことができます。
※もしXキャラの描写量をPCやNPCに振り分けたいなど希望があればお知らせ下さい。
可能な範囲でにはなりますが、できるだけ対応致します。
※ 独自ルール ※ - こちらは他MSへ対応を迫る行為はお控え下さい -
浅野が担当するシナリオでは、 様々な短縮表記が可能 です。参照シナリオがある方、Xキャラと参加したい方、アイテムやイラストを参照してほしいなどありましたら、
『独自ルール』をご参考に短縮表記をされると、アクションの圧縮に繋がります!
※気になる方は、ぜひお気軽に利用してくださいね。
※今後は、基本的に参照シナリオを提示されない限りは、同じ世界線として扱いません。
寝子暦1372年の卒業式以前のシナリオは、問題なく『過去』として参照が可能なため、引き続き参照します。
それ以後は自主申告がないと、浅野側では別の世界線なのか同一世界線なのかを判別することができません。
そのため、 物語の隙間を埋めるような描写 を希望される際は『必ず』参照シナリオをご提示ください。
※過去参加して頂いた浅野のシナリオに関しても、記憶違いを避けるためにご協力頂けると助かります!
(そのため、1度お知らせ頂いた内容であっても、必要な場合は都度お知らせ願います)
※必須じゃないけど知っておいて欲しいなという事柄については、 少しであれば 確認させて頂きます。
※但し、こちらは全てに目を通すと確約をするものではなく、あくまで余力があればとなります。
それでは、よい1日をお過ごし下さいね!