１３年目の１３世界の１３人のののののこと、あなた。｜リアクション

１３年目の１３世界の１３人のののののこと、あなた。

◆No.6：子ども向けテレビ番組で人気のお笑い芸人の場合
　２７歳になった佐藤瀬莉は、４歳になる娘の深愛と、星ヶ丘のマンションで二人暮らしをしていた。シングルマザーというやつだ。
「深愛ー、そろそろ晩ごはんできるよー」
　リビングに居る深愛に呼びかけるけれど、返事はない。
　様子を見に行くと、深愛はソファにちょこんと座って、テレビに見入っていた。
　映っているのは、子供向けのテレビ番組。芸人の野々ののこが、コミカルな身振り手振りを交えて喋っている。
「またののこちゃん見てたの？」
　微笑ましげに声をかければ、さすがに深愛も気付いた様子で。振り返って、「うん！」と笑顔でうなずく。
「深愛ったらほんと、ののこちゃんに夢中ね」
「ののちゃん、かわいくておもしろいもん！」
　確かに、大人しくしている時の彼女は、よく見ればそれなりにかわいい。
　だけど、芸風はなかなかぶっ飛んでいる。今しも、強烈な変顔を披露したところだ。
　鈴を転がすような深愛の笑い声が、リビングに響く。瀬莉も思わず、「ぷっ」と吹き出してしまっていた。
　それに続いて、『番組からのお知らせ！』と派手な演出と共に告知が流れる。
　
『寝子島シーサイドアウトレットに、野々ののこがやってくる！』

　なんでもアウトレットで開催されるイベントで、ののこが特別ライブをやるらしい。
　途端、深愛がきらきらと瞳を輝かせた。
「おかーさん、深愛これ行きたい！　ののちゃんに会いたい！」
　スカートの裾を掴んでせがむ娘を落ち着かせ、スマホでスケジュールを確認する。イベントの日は、時計職人の仕事もちょうどお休みだ。
「じゃあ、お母さんと一緒に行こっか」
「やったー！」
　ソファの上で跳びはねた深愛を、瀬莉は慌てて抱きかかえるのだった。

　そして、当日。
　特設ライブステージの観客エリアは、たくさんの親子連れでごった返していた。
　瀬莉はその比較的前方に並んで、はぐれないよう深愛としっかり手を繋いでいる。
（さすがは子供の人気者ね。前の方に入れてよかったわ）
　人だかりを横目に、瀬莉はホッと胸を撫で下ろす。
　その時だ。
「ののちゃんだ！」
　娘の声に、ハッとステージの方を見やる。
「こーんにーちーわー！」
　子供顔負けの元気な笑顔でステージに上がってくる、ののこの姿がそこにはあった。
　普段はテレビでしか見ることのできない人気芸人が、今まさに目の前に居る。その事実に、たまらず観客たちが――特に子供たちが――大興奮で歓声を上げる。
　大歓声にお礼を言いつつ、ののこが早速芸を披露していく。実物でも、相変わらずのぶっ飛んだ芸風だった。

　――そうして瀬莉と、何より深愛が大いに笑わせてもらった後。二人は、サイン会にも並ぶことにした。
　待つことしばらく、深愛の番がやってくる。人懐っこい笑みを浮かべたののこが、二人を歓迎してくれた。
「今日は来てくれてありがとう！　楽しかったかな？」
「うん！　ののちゃん、す～っごくおもしろかった！」
「ありがとう！　これからも応援してくれたら嬉しいな！」
　そして彼女は、色紙にペンを走らせ始めた。途中で二人の名前を聞かれたりしつつ、出来上がった色紙が「はい！」と差し出される。
　そこに描かれていたのは、サインと「深愛ちゃん、瀬莉さんへ」という宛書。そして、小さな猫の絵だ。
「わぁ……！」
「サインだけじゃなくて、絵までだなんて。ほら、深愛？　ののこさんに『ありがとう』は？」
「うん！　ののちゃん、ありがとう！」
　深愛の弾けんばかりの笑顔に、一緒に来られてよかったなと思う瀬莉だった。

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