甘く香る寝子島｜リアクション

甘く香る寝子島

◆久々の再会

　鴻上彰尋は寝子島高校を卒業後、舞台の劇団員として活動していた。
　寝子島を活動の拠点にしつつ、時折本州での舞台に臨んでいる。忙しくも充実した日々を過ごすなか、七夜あおいから連絡が入った。彼女は高校を卒業したあとに寝子島を離れ、いまは違う場所で働いている。そんな彼女が寝子島に来るとのことで、彼に一報を入れたようだ。
　寝子島ではちょうど『甘いものを楽しもう』という趣旨のもと、各地でイベントが行われていた。前々から気になっていた喫茶店も参加しているようで、ちょうどいいタイミングだと思い、最寄りのシーサイドタウン駅で待ち合わせた。

　当日。　
　彰尋が駅前で待っていると、あおいの姿が見えた。久しぶりに見た彼女はかつての面影を残しつつ、雰囲気は成長していた。彼女も彰尋に気づいて手を振った。

「彰尋くん、久しぶり」
「久しぶり。元気そうで安心したよ」

　２人は近況報告も兼ねた雑談をしながら目的の店に向かっていた。

「ここがそのお店？」
「そうだよ」

　こじんまりとした佇まいに手入れの行き届いた植木が雰囲気を作っている。入るのは初めてだったが店内も落ち着いていて、窓から差し込む柔らかい日差しが心地いい。店員が注文を聞きに来た際、イベントに合わせて今月誕生日の人には特典を用意しているという。偶然にも彰尋は今日が誕生日で、店員は素直に驚いていた。
　しばらくして運ばれてきたケーキにはロウソクが立てられ、皿にチョコで『Happy Birthday』の文字が書かれている。

「私のほうにも文字を書いてくれたみたい」

　あおいのほうには『Nice day』と書かれていた。あくまで小声で歌いながらロウソクの火を吹き消すと、あおいから小さな拍手が送られる。

「誕生日おめでとう」
「ありがとう」

　演出だけでなくケーキも美味しかった。ふんわりした生地にほんのり苦みのあるチョコが良いアクセントになっている。そしてケーキを食べ終えると、紅茶を楽しみながら他愛ない話で盛り上がる。同じ高校で過ごしていた頃から変わったものは多い。会うのもなかなか難しくなった。
　だからこそ、この時間に嬉しさや愛しさは大きかった。
　話に一区切りついたところで、あおいが手荷物から青い包みを取り出した。丁寧なラッピングが施されていて、黄色いリボンが印象的だ。

「彰尋くん、改めておめでとう」

　彰尋は、彼女が自分の誕生日を覚えていたことが嬉しかった。受け取って開けてみると、なかにはシックなデザインのハンカチが入っていた。

「……ありがとう」

　彼は精一杯の気持ちを込めて、その一言を返した。