いたいのいたいの、とんでいけ｜リアクション

いたいのいたいの、とんでいけ

　残り数分の一大スペクタクル　

「大体なんで今日に限って、一階も二階もこんなに混んでるんだよ！　おかしくないか！？」
　訴えるように、怒るように刀は声を張り上げつつ、それでもめげずに今度は三階のトイレに行こうとしていた。
　しかし、もはや彼に先ほどまでの俊敏さはない。
　なぜなら、さっき洋二を階段で飛び越した時のお腹へのダメージが、予想以上に深刻だったからだ。
　ジャンプなんて大きな上下運動は、腹痛時には最大のタブーである。
「くっ……腹が……負けるか……！」
　だが、諦めるわけにはいかない。刀は脂汗をかきながら、三階へと上がった。
　息も絶え絶えに辿り着いた三階のトイレは、かろうじて空きがひとつあり、それを見た瞬間の刀の安堵した表情は、言葉では表せないほどだったという。
「はーっ、助かった……」
　無事用を足し、腹痛からも解放された刀。が、彼がそう口にした次の瞬間、無情にも校内に一限目開始を告げる鐘が鳴った。
「げっ、遅刻かよ……結局助かってないぞこれは……」
　この後どんな顔をして教室に戻ろうか。
　それが、刀の新たな悩みなのであった。

　一限目開始に間に合わなかったのが、もうひとり。
　コンビニのトイレを使うという選択肢を選んだ、さゆるだ。
「あーあ……」
　校門のところで鐘の音を耳にし、さゆるは肩をすぼめた。
「ま、仕方ないよね。あれ以上はあたしの阻止限界点が持たない可能性があったから」
　もはや、お前それ言いたいだけちゃうんかくらいの頻度で阻止限界点をナチュラルに織り交ぜて言葉を告げるさゆる。
　一瞬このままサボることも考えたが、出席日数を思い起こし、遅刻の方がまだマシかと校門をくぐったのだった。
　なお彼女がコンビニを利用した時、さすがにクールな彼女も阻止限界点が近かったのかその表情があられもないことになっており、店員はたいそう驚いたという。
　その時の店員の話によれば「修羅の形相をしていた」とのこと。
　この日から約一週間ほど、さゆるはこのコンビニ内で修羅女子高生という名誉なのか不名誉なのかよく分からないあだ名がついたらしいが、それはまた別のお話。

　気がつけばもう一限目も終了間近。
　あれだけ騒々しかった授業開始前と比べ、一限目はあっさりと、何事もなく今のところ過ぎていた。
　刀もさゆるも、そしてしおりももういつもと大差ない様子で席に座って先生の話を聞いている。
　しおりがいつ回復したのかは謎のままだったが。
　もしかしたら病は気から的なアレだったのかもしれない。
　ともあれ、無事、数人に訪れた腹痛ラッシュは終わりを迎えた……かに思われた。
　でも実際は違っていた。
　ここにひとり、まさかの再発に襲われていた者がいた。英二だ。
「い、痛い……」
　周りに聞こえないほどのボリュームで小さくささやく。一体なぜこんなことに？
　修と会話してから校内に入った英二は、トイレに向かう途中、腹痛が一旦治まったのを感じていた。
　人と会話していたことで気が紛れ、腹痛自体消え失せたのかもしれない。
　そうなれば、目立つのを避けたい英二としては、学校内のトイレ個室を使わなくて済むのであればそれがベスト。
　と考えるのが自然な思考であった。
　しかし今になってみれば、それが英二最大のミスである。
「痛い……痛い……」
　完全に英二は今、第二波の猛攻を受けていた。
　トイレに行きたい。でも授業中「先生トイレ！」なんてとてもじゃないけど言えない。
　そんな葛藤の末、英二は残り数分、必死に他のことに集中することで解決を図った。

　——時に寝子暦920年。
　イチョウ王国は悪辣なる侵略国家フクツウ共和国軍の度重なる侵攻に晒されていた。
　薄氷を踏む防衛戦にて、からくも侵略者を撃退するものの、戦況は日増しに悪化する一方であった。
　しかしながら、王国の活路は、フクツウ共和国軍が諦めるまで何度でも撃退して時を稼ぐこと以外に存在しない。
　今日も兵士が果敢に突撃を繰り返す……。

　なんて壮大なストーリーを頭に描き、どうにか気が紛れないかと思う。
　ただ、そのストーリーの設定が思いっきりお腹が痛い現状を反映させてしまったため、まったく気が紛れない。
　百パーセント、設定ミスだった。
「イ、イチョウ王国もう持ちません……」
　戦場の兵士のように白旗をあげんとする英二。
　そこに、鐘が鳴った。
　イチョウ王国を救う、救済のベルだ。王国は、守られたのだ。
　英二は諸悪の根源、ダイベーンを滅するべくトイレット城へと走り出した。

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