心が弾む日｜リアクション

心が弾む日

◆幸せは、あなたのそばに

　その日、綾辻綾花は早川珪先生の部屋に来ていた。
　目的は、夏に行く予定の青森旅行の行き先を決めることだ。
　テーブルの上には、雑誌やパンフレットがずらりと置かれている。
「珪さん、どこに行きたいですか？」
　綾花は弾んだ声で尋ねる。
　二人で、初めてのお泊り旅行。
　とても待ち遠しく思っている。
　でも、心の準備も必要で、胸が高鳴っていくのを感じた。
「うーん、いくつか考えてはみたんだけど……」
　珪先生は口元に手を当てて、考え込む仕草を見せる。
「ねぶた祭りには行きたいかな」
「そうなんですね。私も行きたいです。青森って、初めて行くのでワクワクします」
　珪先生の言葉に、綾花はぱあっと顔を輝かせる。
　初めて行く場所へのワクワクした気持ちは、珪先生と一緒ならひとしおだ。
　それに、と綾花は心を弾ませる。
「珪さんの実家が、青森にあるので寄りますか？」
「寄ろうと思っているよ」
　その答えは一際、激しく、綾花の胸を衝く。
（ご挨拶させてもらえたら良いな。優しくて社交的らしいけど、今からちょっと緊張しそう）
　緊張を帯びて、僅かに身を固くする綾花。
　珪先生は、そんな彼女の心情を察したようにとめどなく寄り添う。
「交際、認めてもらえるかな？」
「大丈夫だよ。綾花さんのことは、もう報告しているから」
　思いもよらない言葉にどきりとする。
　珪先生から、ご両親にもう報告していると言われて頬が火照った。
「ただ、ちょっと困ったことがあってね。実は、青森の観光名所はあまり詳しくはないんだ」
　珪先生の実家は、今は青森だ。
　だが、珪先生は転勤での引っ越しが多かったと聞いている。
　あまり、地理は詳しくないみたいだ。
「気になる場所はあるけれどね」
「珪さんのお勧めとか、行ってみたい場所も知りたいです」
「そうだね。前に、綾花さんは景色が綺麗なところに行ってみたいって言っていたよね」
　珪先生は思い出す。
　月明りの中の幻想的な綾花の姿を。
　そして、質問の答えを思い出して続ける。
「僕も、景色が綺麗なところがいいかな。息をのむような絶景が見られる温泉とかね」
「素敵ですね。温泉も入りたいです」
　綾花は嬉しそうに微笑んだ。
「珪さんは、どこの温泉が良いですか？」
「うーん、悩むな。不老ふ死温泉や酸ヶ湯温泉、有名な温泉も多いしね」
　悩ましげな珪先生に、綾花は新たな提案をする。
「十和田湖での湖上遊覧も、ゆっくり景色を堪能できそうです」
「いいね、楽しめそうだ」
　珪先生の向けられた瞳の優しさに、綾花は幸せな心地になった。
「リンゴ狩りもしてみたいです」
　青森旅行のプランが積もるだけで心が躍る。
　気持ちが花咲く気分で、綾花は珪先生を見つめた。
　そっと抱きつけば、珪先生は優しく抱き留めてくれる。
　温かい気持ちになる。
　ぽかぽかして、大好きが溢れるのだ。
　それはずっと、こうしていたくなるような幸せな時間だった。
「一泊二日で回れそうなところは……」
「ねぶた祭りには行くとして、その周辺に範囲を絞った方が良さそうだね。確か、近くにリンゴ狩りができる場所があったはずだ」
　そうと決まれば、綾花は雑誌とパンフレットを見比べて行き先を絞り込む。
　雑誌やパンフレットには、様々な名所が掲載されており、これが楽しそう、こっちも素敵だねと、あれこれと吟味するのがまた楽しい。
「旅行は決めるところから楽しいですね」
「そうだね」
　その言葉に、珪先生が添えたのは心からの喜びであった。

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