心が弾む日｜リアクション

心が弾む日

◆繋がるのは二人の心

　猫ぴょんの日から、すぐ後の早春。
　吹き抜ける空気は、柔らかな春の気配を帯びていて、景色は明るい。
「ただいま」
　大学から帰った八神修は周りを見回す。
　そう声を出しても、今は使用人も居ない一人暮らしだ。
（慣れていかなくては、な）
　そう思いつつも、寂しくはない。
　お帰りなさいと言っているように、白猫のミルクが甘えた声で近づいてきたからだ。
「ミルク、ただいま」
　修は甘えるミルクの頭を優しく撫でる。
　そして、飲み物を作るために台所に向かう。
　ハーブティーに蜂蜜を少し入れる。
　そして、お湯を沸かす間に、ミルクのご飯――猫フードを手に取った。
　すると、お腹がすいたように、ミルクが修の足元に纏わりつく。
　ねだるように鳴いて、甘えてすりすり。
　もはや鳴き声が、ごはーん、ごはーんと言っているように聞こえる。
　苦笑したその時、やたらズボンが重く感じた。
　修が視線を落とすと、ミルクが可愛らしい仕草でよじ登ってくる。
「お？　器用だな」
　修はスマホを向けると、軽やかに登ってくるミルクを動画で撮る。
　やがて、胸まで登って来たミルクをふわりと抱っこした。
　すると、まるで催促するように。
　「ごはーん」と無邪気なお願いをするミルクに、修は「はいはい」とくすぐったそうに微笑んだ。
　先程の動画を確認すると、ふにふにとよじ登ってくるミルクの様子がとても愛らしい。

　この幸せ動画を共有したい――。

　そう思っていたら、スマホに恋人の七夜あおいからの着信が来ていた。
　急いでパソコンを点けて、画面を共有し、対面会話にする。
『あ、修くん、お帰り』
『お帰り、あおい』
　穏やかで幸せな空間。
　ちょっとしたことが、とても嬉しい。
　こんな感じの光景が、修にとっては愛すべき日常だ。
　遠距離恋愛中のあおいとは毎日、文字や映像の会話を行うことができる『ニャスコード（Nyascord）』でやり取りしていた。
　それは遠く離れた二人をつなぐ絆。
　まだ、自分しか知らない話題や秘密を語り合うのは何だか新鮮で、少しだけ胸が昂るのを感じた。
『おつかれー、修くん。ミルクちゃんは元気？』
『元気さ。折角だし、今日撮った動画を送るよ』
　修は早速、先程、撮った愛猫の動画を送る。
『うわー、ミルクちゃん！　すごい、ずっしり感！』
『ご飯、大事だろう？』
『ほんとだねー、ふふふっ』
　楽しそうに笑うあおいの姿を見て、修は心を和ませた。
『修くん、大学はどう？』
『俺は講義の後、サークルの見学したよ』
『すごいねえ。サークルに入るの？』
『幾つか入るつもりさ』
　ワクワクとしているあおいに、修は朗らかに笑った。
『あおいの今日の話も聞きたいな』
『地下街にある、珍しいマフィンの専門店に行ったよ。あまおうストロベリーを食べたの』
『珍しいマフィンの専門店？　気になるな』
　距離は離れているけど。今だからできる幸せを、二人はめいっぱい楽しむ。
　その後も、話が弾んだ。
　今日の出来事を話したり、何も無いのに二人で見つめ合ってふふっと笑ったりした。
　二人の新しい日々。
　幸せな時間に、心もぽかぽかになる。
　他愛もない話題のひとつひとつも、彼女と話せば特別になった。
『そうだ！　修くん、手を伸ばしてほしいの。私、ここに手を置いているから、画面に重ねてみて！』
『重ねたよ』
『今、私達、手をつないでいるよ』
　嬉しそうに笑うあおいの姿に、胸が温かくなる。
　目の前にいる彼女を想像すると、その手の温かさが、画面に置いている手のひらにじんわりと伝わってくるような気がした。

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