心が弾む日｜リアクション

心が弾む日

◆一瞬を駆け抜けて

　放課後の第一グラウンド。
　空は、幻想的な淡い夕暮れがどこまでも遠く広がっていた。
　今日は、陸上部の練習日だ。
　中倉琉歌は、いつものようにストレッチなどをこなしていた。
　身体をほぐし、準備体操を済ませると改めて、第一グラウンドへ目を向けた。
　他の部員達が、彼女と同じように、ストレッチなどをしている。
　別の場所に視線を向ければ、既にストレッチなどを終えて、練習に入っている部員もいた。
「４月になり、新年度になると記録会などが始まってきて、いよいよ本番って感じよね」
　心のおもむくままに、空を見上げる。
　短距離走パートに所属している琉歌もまた、月末の記録会に１００メートルで出場するので練習に余念がない。
　だが、彼女自身、去年の秋の記録会で、ちょっと記録が伸び悩んでいる。
　そのことが、どうしても気にかかっていた。
（うーん、なんか気になるのよね）
　琉歌は普段、飄々としているって評されている。
　だが、実は……内心では記録が思ったより、伸びないことに結構、焦りを感じていた。
　でも、それを表面に出すのは、なんというか、負けたような気がしてならない。
　だからこそ、彼女はそのことをおくびにも出さず、相変わらず飄々としていた。
　……それなのに何故だろう。
　今日はとてもハッピーな気分だった。
「なんだか、とても運が向いてきた気がする」
　感情だけが先走るような、そんな不思議な感覚。
　それを確かめるように琉歌は言った。
　うまく言い表せないが、心からウキウキする感じで。
　身体も、なんとなく軽くなったような気がする。
　ストレッチは入念にした。
　調整だって、文句ない。
　コンディションは万全と言っていいだろう。
（何故なのかは分からないけど、きっと大丈夫な感じがする）
　そう思ったら、気力までもが湧いてくる。
（もしかしたら、自己記録、更新できるかも？）
　軽やかな足取りに、そんな気分にもなってくる。
　他の部員達が駆けていく中、やがて、琉歌の番が来た。
　記録は、陸上部の顧問、浅井幸太先生がストップウォッチで測定してくれる。
「――っ」
　琉歌はクラウチングスタートの姿勢をとり、意識を集中させる。
　そして、スタートの合図とともに走り出す。
　そこからは、閃光のように一瞬だった。
　弾かれたように、身体がふわりと軽くなる。
　その軽やかさを楽しむように前へ前へ――短いような、長いような一瞬。
　想いを吐き出すように、ありったけの力を込める。
　色彩の薄れた世界の中、琉歌は走路を全力で駆け抜けた。
「はあはあっ……」
　１００メートルを走り切った琉歌に、浅井先生は言った。
「記録は……１３秒９９」
「……うそ！？　更新してる！？」
　結果は前回の１４秒０４を上回る、自己新記録を叩き出していた。
　至福のひととき。
　思わぬ結果に、琉歌は口元を綻ばせながら、空を仰ぐ。
「今度の記録会も、この調子で行けたらいいな」
　琉歌は確かな想いを瞳に乗せる。

　月末の記録会に向けて――。
　幸せな日々はきっと、これからも続いていく。
　自分が意図して止めなければ、どこまでだって連鎖する。
　そんな彼女の喜びを後押しするように、ハッピー・エアーは吹き抜けていった。

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