初詣に行きましょう｜リアクション

初詣に行きましょう

　稲積柚春はふと目を開けた。見慣れた天井ではなく、おしゃれな彫刻の掘られた照明が下がっている。
「あ、そっか」
　ここはイギリスの、いわゆるリゾートホテルだ。新年を迎えた先が日本ではないだなんて、不思議な気持ち。
　ふうっと息を吐く。
（夢じゃないみたいね）
　昨年は高校を卒業して初めての年越し、２人は柚春の卒業を機に結婚を前提とした交際を始め、昨年12月（柚春が告白をした日）にウォルター・Bからプロポーズ、そのまま婚姻届を提出した。
　式をどちらの国であげるかなどは目下相談中、新婚まっただ中の１８歳と３８歳。
　隣を見ると、子供のように寝息を立てている。
　どうしょうもなく愛おしくなり、柚春は頭を撫でる。その瞬間、
「ひゃっ」
　そのまま抱きしめられた。
「ん……うーん」
　寝息が耳に当たる。
「ワ、ワット？　ちょっと……苦しいって」
「柚春…好き、だよ」
「！？」
　寝言で愛を囁かれ、ドギマギしてしまう。
　そして、
「んー……」
　耳をはむっと噛まれたところで、気づいた。
「起きてるよね……？」
　見ると、片目を開けてイタズラをした子供のようにこちらを見ていた。
「うーん。残念だねぇ」
「もうっ」
　呆れたふりをするが、本当はまんざらでもない。
　新婚旅行を兼ねたイギリス旅行。なんだかんだこうしてホテルで一緒にいる時間も楽しい。旅行の意味がなくなってしまうかもしれないが。
　それから少しダラダラした後にホテルの朝食を食べて、ウォルターの実家へ。両親への挨拶をした後、すっかり夕方になった彼の故郷の町を歩くことに。
　街並みがまるでファンタジー。何か物語が始まりそうだ。
「ワット、あそこの雑貨屋さん」
　看板にアロマオイルの英字が見えた。珍しいものに出会えるかもしれない。思わず駆け出しそうになったが、
「柚春？」
　振り返る。
「転ぶと危ないから」
　すっと手を差し出されて、柚春は顔を赤くした。
「あ、ありがとう」
　彼の手に自分の手を置くと、ウォルターはにっこりと笑った。
「あのお店に行きたいのかな？」
　こくっと頷くと、手を引いてくれた。子供の手を引くような感じではなく、しっかり恋人繋ぎだ。
　イギリス、エスコートはお任せしたいと伝えたことをふと思いだした。食事の席では椅子を引いて座らせてくれたし、階段や段差のある道では手を差し出してくれる。もちろん、観光をリードしてくれるのはそうだが、細かい気遣いが嬉しい。
　と、その時。
　近くの教会から聞き慣れたメロディが流れてきていた。
「あ、これって」
　卒業式で聞いたし、同じようなメロディは店の閉店前に流れている。
「蛍の光？」
「オールド・ラング・サイン、年が開けたら歌うんだ。日本では……別れの歌だねぇ」
「そう、なんだ」
　不思議な気分だが、妙に心地良い。
　と、ウォルターのお腹が鳴った。
「ワット？」
「いやぁ、お腹空いたよねぇ。うちの両親が夕ご飯を用意してくれてるから、戻ろうか」
　知っているイギリス料理だろうか。それとも郷土料理とか。
（今食べたいのはイギリスの味？　日本の味？）
　これから彼のお母さんの手料理を食べるのだ。負けたくないと思いつつもウォルターの好きな料理をしっかり教えてもらおうと思っている。
（帰ったらいっぱい作ってあげるね！）
　そのためには旅行中に好物を知らなければ。

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