にょろっと巳（み）ラクル！新春☆初夢フェア２０２５　茄子編｜リアクション

にょろっと巳（み）ラクル！新春☆初夢フェア２０２５　茄子編

　汝、隣人を愛するか

「主は申しました――汝の隣人を愛せよ、と」
　ステンドグラス越しに差し込むとりどりの光が、床に淡く神の姿を映し出している。
　ここはとある村の教会。静謐な空気をたたえた礼拝堂には祈りをささげにきた信者たちが集っており、ステンドグラスの真下では聖書を手にしたシスター・アヤ（青山絢）が人々に主の教えを語り聞かせているところである。
　シスター・アヤは人々に親しまれていた。
「今日も絢さまはお美しいな」
「清流のようなお声に春の木漏れ日のような優し気な佇まい……まさに聖女様じゃ」
　などと、信者たちのなかには信仰よりもアヤ目当てのものまでいるほどだ。
　しかし聖女と称されるアヤには誰にも言えない秘密があった――。

「はぁ……あ、」
　深夜、ひと気の耐えた礼拝堂の暗がりの中で、アヤは蹲っていた。耐えがたい喉の渇きに苛まれ、神に助けを求めていたのである。
「……のどが渇いたわ……」
　ステンドグラス越しに差し込む月光が、アヤの姿を映し出す。昼間は頭巾（ウィンプル）で隠されていた背中があらわになっている。清貧の証と共同体の証である黒い修道ドレスは、背から腰にかけてぱっくりと空いていた。アヤの鼻骨のあたりから生えているのは、細生えたくうねる蛇のような尾だ。尾の先は十字架のようにクロスした針の形状となっていて、獲物を探すように鎌首をもたげている。御さなければならないそれを、今夜のアヤはうまくコントロールできずにいた。

「いけないわ。私は神に仕える身なのに……血が欲しくてたまらない……」

　そのときであった。
　かた、と扉を開ける音ともに、囁くような少女の声がした。
「アヤ様？　どこかお加減でも……？」
　心配そうに顔を覗かせたのは、シスター見習いの娘であった。
「来ちゃだめ……！」
　アヤは絞り出すように娘へ忠告を発したが、アヤから生えた魔の尾はそれより素早かった。言うことを効かない彼女の尾はまさに蛇の如く、シュッと音を立てて闇の中を突き進み、娘の柔肌にひとおもいにその先端を突き刺したのである。
「え……」
　娘は何が起こったかもわからないまま気を失った。
　黒い尾は、娘の血を吸って、どくんどくんと脈打っている。
「あ……ああ……」
　流れ込んでくる熱い血の感覚に、アヤは恍惚として吐息を漏らした。
「だめよ……だめなのに……」
　人間の血がもたらす、甘い痺れに溺れてしまう。
「主よ……私はどうして悪魔なの……あなたの教えを守りたいのに……」
　頬を濡らすのは血の涙。
　悪魔としての欲求と、神に仕えたいという願い――葛藤がアヤをまた闇のなかへ押しやってゆく。

「……あ、あれ……？」
　シスター見習いの娘は、礼拝堂でアヤの膝を枕にして眠りこけていた自分に気づき慌てて身を起こした。
　雀の啼き声がする。ステンドグラス越しに差し込む光はすっかり朝だ。
　娘は、すやすやと心地よさそうに寝息を立てるアヤの肩を揺すって起こした。
「アヤ様、起きてください！」
「……あら、朝なのね。気持ちよくてすっかり寝ちゃったわ」
　大きくあくびをするアヤの頬はバラ色で、いつもより艶やかに見える。
　娘はすこしドキッとして目を逸らしながら、なぜこんな状況になったのかを思い出そうとしたが、頭がどこかぼんやりとして、さっぱり思い出せなかった。わからないがアヤの膝枕を享受していたのはたしかだ。娘は恐縮して謝った。
「すみません、アヤ様のお膝で寝てしまって……」
「いいのよ。寒くなかったかしら？」
「え？　ええ……」
「なら、よかったわ」
　アヤはにこりと微笑んだ。その顔があまりに神々しくて、娘はどぎまぎしてしまう。記憶にはないけれど、もしかしてアヤ様と何かあったのではないかと。
　アヤは、娘の考えを読み取ったかのように、そっと唇に人差し指をあてた。
　秘密、という背徳感あふれるジェスチャーに、娘ははっと息を呑んで何度も頷く。
（ごめんね）
　うぶな娘をごまかして、アヤは内心で神に懺悔する。
（主よ――）
　ああ、尾骨のあたりがむずむず疼く。
（隣人の血を愛してしまう私をお許しください――）

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