ペンギンになってしまった｜リアクション

ペンギンになってしまった

◆海が呼んでいる

　梓智依子は娘の楓と共に、寝子ヶ浜海岸を歩いていた。
　波が押しては引いて、砂浜に跡を残す。
　その日は不思議なことに、やけにペンギンを見かけることが多い。
　そう思っていると、不意に違和感を覚える。
　突然、視線の位置が思い切り、ガクッと下の方に移動したからだ。
（どういうことなの？）
　突如、変わった視点の変化に困惑していると、何故か目の前にペンギンがいた。
「ママーがペンギンになった！」
　そのペンギンは、羽をぱたぱたと広げてはしゃいでいる。
　その愛らしい仕草と雰囲気に、智依子ははっとした。
（……まさか、楓？）
　飛び込んできた光景に、智依子は目を瞬かせる。
　そして、視線を動かしていくうちに、自分もペンギンの姿になってしまっていることに気づく。
（これって……神魂の仕業？）　
　その不思議な現象を目の当たりにして、智依子はすぐに得心へ至った。
　少なくとも、そういうことなんだろう。
　なら、しばらくしたら、また人間の姿に戻るはずだ。
　そう思って、視点を娘の方に戻す。
「ママ、みて！　ぱたぱたー、おもしろい！」
　楓はすっかり、ペンギンの姿であることを楽しんでいるようだった。
　砂浜をヨチヨチ歩きして、ぴいぴいぴいと鳴いたりするのがとてもかわいらしい。
「すごーい！　ほら、ぱたぱた！」
「ほんとね」
　そう告げる楓は喜びに満ち溢れていた。
　しかも、ペンギン同士では意思疎通ができるようだ。
　楓とは、会話ができる。
　智依子がそう思いながら、砂浜を歩いていくと。
「うわー、あれ、なに！」
　どうやら、目新しいものを見つけたらしい。
　楓は勢いよく走るように、ぺたぺたぺたと海へと突撃を開始した。
「待ちなさい！」
　思わぬ事態を前にして、智依子は慌てて楓を追いかける。
　必死に砂浜を進むものの、ペンギンの姿だと移動するだけで一苦労だ。
（楓ったら、まだ泳げないのよ）
　海に入る楓を追いかけて、智依子も水面へ体を浸した。
　その途端、広がったのは神秘的な光景。
　どこまでも幻想的な水の世界だった。
　揺らめく海の音が聞こえ、まばゆい光が水面に散りばめられる。
（楓は？）
　視線を動かすと、楓は海の中をすいすいと泳いでいた。
　ペンギンの姿なので、泳ぐのは問題ないみたいだ。
（良かった……）
　智依子はほっと安堵する。
　そして、楓とそろって泳ぎ、海中での散歩を楽しんでいく。
　色とりどりの魚が泳いでいったかと思えば、色を変えた海が淡く光る。
　まるで透き通るような青空のような輝き。
　次々と移り変わる海の眩しさに、智依子は思わず見とれてしまう。

（海の中って、こんなにも綺麗なんだ）

　新しいものに出会う喜びは、楓と一緒ならば一入だ。
　海の中をすいすいと泳ぎながら、智依子はそっと楓と向き合う。
　楓は目をきらきらと輝かせて、無我夢中で泳いでいた。
　寝子島の新たな一面を満喫しながら、二人は楽しいひとときを過ごしていった。

　二人で思う存分、海の中を堪能した後。
　砂浜に戻ってからしばらくすると、人間の姿に戻った。
「ママー、ペンギンになってたのしかったね！」
「ふふ、そうだね」
　人間の姿に戻っても、わくわくが止まらない。
　楓はペンギン体験に大興奮だ。
　そんな楓を見て、智依子は優しく微笑んだ。
　楓の今日一番の笑顔に、胸に熱くなる。
　ぽかぽかして、大好きが溢れていった。

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