ペンギンになってしまった｜リアクション

ペンギンになってしまった

◆君の心に届くまで

　その日、綾辻綾花はマンションの部屋から出ると、不思議な現象を目の当たりにした。
　ドアの前に、恋人の早川珪先生に似た雰囲気のペンギンがよちよちと歩いて来ている。
　赤と黒の服を着ていて、ポケットには万年筆を入れていた。
　そのペンギンの風貌は、どこか珪先生を思わせた。
「珪さんにそっくりですね」
　綾花はまじまじとペンギンを見つめる。
　だが、ペンギンは綾花と目が合っても逃げない。
　綾花が近づいても、一向に逃げる気配はなかった。
「水族館から逃げちゃったのかな？」
　綾花はペンギンを胸に優しく抱きしめる。
　すると、ペンギンはちょっと困ったような仕草をした。
「どこかに仲間がいるのかな？」
　綾花が周りを見渡してみても、他にペンギンも飼育員も見当たらない。
　辺りを見回すと、車などの危険も多い。
　綾花はひとまず、そのペンギンを部屋で保護することにした。

　ペンギンは部屋の中に入っても、戸惑うこともなく落ち着いていた。
「人慣れしてるのかな？」
　その佇まいに、綾花は不思議そうに首を傾げる。
　すると、ペンギンはポケットに入っている万年筆を示す。
「あっ、珪さんの万年筆に似ていますね」
　珪先生とお揃いの万年筆は、綾花のお気に入りだ。
「珪さんは、私の大好きな人なんですよ」
　綾花は幸せそうな笑顔で、ペンギンの頭を撫でる。
「だけど、珪さんには照れて、あんまり好きって言えてないかも……」
　綾花はペンギンを優しく撫でながら、珪先生に想いを馳せた。
　二人は恋人同士である。
　もう、生徒と教師の関係性ではない。
　ともに並び立ち、歩んでいくパートナーだった。
「話してたら会いたくなっちゃった。今どうしてるのかな？」
　綾花は想いをこらえ切れなくなり、ペンギンをぎゅっと抱きしめるように撫でる。
　すると、大きな胸にうずめる形になってしまった。
「痛かったかな？」
　綾花は心配そうにじっと見つめて、
「ごめんね」
　ペンギンの頬にそっとキスする。
　すると、「大丈夫だよ」というような優しい眼差しが返ってきた。
　まるで珪先生のような温もりにどきりとする。
「人の言葉が分かるみたい？　珪さんがペンギンになってたりして」
　綾花は半信半疑で、ペンギンをまじまじと見つめた。
（冗談で言ったけど、本当のような気がしてきました）
　確かにペンギンが纏っている雰囲気は、珪先生と同じように感じられたからだ。
「照れてるように見えるのは気のせいかな？」
　その言葉に、ペンギンは不意に目をそらした。
　……だけど、その動きはほんのりと照れているように見えて。
　どんな言葉よりも多弁な仕草が、綾花の胸を高鳴らせた。
　姿は違うのに。
　それでも綾花には今、目の前にいるペンギンが珪先生だと分かった。

「ペンギンの姿の珪さんも好きです」

　視線の先には――会いたいと願った珪先生がいる。
　綾花は嬉しさをこらえ切れず、もう一度、珪先生の頬にキスをした。
『──僕も、君が好きだよ。綾花さん』
　すると、珪先生が目線を上げて、そう伝えてきたような気がした。
　綾花は珪先生の温かさに安堵する。
　同時に近くに感じる珪先生の瞳が、自分をまっすぐに見つめていることに胸が高鳴った。

　不思議なひとときは始まったばかり。
　綾花の心に、心躍る気持ちが湧き上がる。
　輝かんばかりの『日常』を、愛しい人ともに過ごしたいから。

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