あなたの最期｜リアクション

あなたの最期

　一人の実業家が死亡した。寝子島の刑事課では事故死と考え、その処理を進めていた。
　しかし、鑑識課が発見した微細な塗膜片が再考を促す。刑事課長の英断も加わって殺人の線で本格的な捜査が始まった。
　刑事課に所属する巡査部長、水槻清恋も連日、周辺の聞き込みに当たった。多くの情報を署に持ち帰り、信憑性の高い五件に絞られた。各々が集めた情報も加味されて犯人を絞り込む。その過程で決定打となる証拠が発見された。
　当時、被害者として衆目を集めた家族が結託して起こした偽装殺人であった。動機は暴力と判明。父親は実業家として成功を収めていたが、日々、溜まるストレスを晴らすように家族に酷い暴力を日常的に振るっていた。
　その連日の責苦に耐えられず、家族は殺害を計画したのだった。
　諸々の証拠を揃えて裁判所に逮捕令状を請求。七時間後に発布された。半年間の努力が認められて刑事達の士気が一気に上がる。
　万全を期す為に翌日の早朝、動員できる刑事を揃えて家族の身柄の拘束へ乗り出す。
　最前線に立つ清恋はスーツの下に防刃ベストを着て任務に当たる。
　星ヶ丘の閑静な住宅街に刑事達はスーツ姿で踏み込んだ。会話を控え、割り当てられた持ち場についた。
　逃げ場を完全に塞いだ状態で問題の邸宅に向かう。
　三メートルを超える白い壁に囲まれていた。常緑樹の中に白い邸宅が見える。
　門扉は草花を模した鉄柵で横手に呼び鈴が取り付けてあった。刑事を代表して清恋が押した。同行した各々の表情が険しくなる。
　想定した騒動は起こらず、門扉は自動で内側に開いた。
　拍子抜けした状態で一同は石畳を進む。とは言え、完全に緊張を解いた訳ではない。死角となる左右の木々に鋭い視線を飛ばし、有事に備えた。
　玄関扉は呆気なく開いた。失意に沈んだ母親が刑事達に頭を下げた。その後ろに隠れるようにして立っていた娘はすすり泣く。自分達の置かれた状況を理解しているようだった。素早く身柄を確保した。
　残りは一人。中年の刑事が息子の行方を母親に聞いた。反抗する態度は見られず、二階の突き当りの部屋にいることを話した。
　清恋を含んだ三人の刑事が二階へ急行した。言われた通り、突き当りの部屋に行き着き、ノブを回す。鍵が掛けられているようだった。
「来るな！　窓から飛び降りるぞ！」
　その怒鳴り声を聞いた清恋は二人の刑事を手の動きで下がらせた。
「動機はわかる。辛い日々を過ごしたね」
「生き地獄だよ！」
「そうだね。でも、罪は償わないと。大丈夫、情状酌量の余地はある。今なら遣り直せるよ」
「う、うるさい！　本当に窓から飛び降りるぞ！」
　その行動は想定の範囲内で窓の外には災害用のクッションが展開されていた。
　それでも清恋は優しい声で説得を試みる。息子は一向に聞く耳を持たず、時間だけが過ぎてゆく。
　他の刑事達に焦りが見え始めた。刃物による自殺を恐れ、最後はドアを壊す強行に出た。
　息子は突破されたことで虚ろな表情を見せた。右手にはナイフを持ち、左手首には躊躇い傷が見られた。強硬策は功を奏した。
　誰もが思い、清恋は安堵の表情で近づいていく。
　その油断を狙われた。突然、息子は理性を失ったように暴れ出した。一番、近くにいた清恋に凶刃が迫る。
　一瞬で大量の血をしぶいた。切られた首を手で押さえる前に清恋は後ろに倒れた。痛みを感じていないのか。苦鳴、一つ上げず、ぼんやりした目で天井を眺めた。
　――死んじゃうんだね。
　その一言が胸の中に熾火のように残り、何度かの瞬きをして動かなくなった。

このページにイラストを設定する