ショートドラマは突然に｜リアクション

ショートドラマは突然に

◆予行練習

　綾辻綾花と早川珪先生は休日に出かけている時に笹川帆太に突然声を掛けられた。彼は２人にショートドラマの撮影を打診する。綾花は戸惑っていたが、最終的に帆太に押し切られた。

「こういうのは初めてなんですけど大丈夫でしょうか？」
「そんなに気負う必要はないんじゃないかな」

　こういうのは思い出になる、と珪先生は前向きな言葉を付け加えた。２人の会話が途切れたところで、帆太は用意していた脚本を渡す。それは恋人同士が何気ない日常を謳歌する内容だった。

（珪さんと恋人役？）

　記念にもなりそうだが、彼女は思わず照れてしまう。４月になったので２人は教師と生徒の間柄ではなくなった。だから動画がアップされても問題はないが、まだ恋人の関係ではない。

（えっと、これは予行練習になるのかな？）

　少し恥ずかしい気もしたが、嬉しさが勝る。

「珪さんと役でも恋人になれたら嬉しいです」

　はにかみながら素直に伝えると、珪先生は小さく頷いた。
　帆太がスマホを構えると２人は桜並木を歩く。桜の舞う景色に２人を収めて『いい感じの画』を撮りたいらしい。脚本には景色に対するコメントが台詞として書かれている。それから昨日の思い出を振り返ったり、どこへ出かけるかなどの話題が続く。
　動きについて細かい指定は無く、２人ともその時の流れで顔を近づけてみたり腕を組んで歩いた。珪先生に後ろから抱き着かれると、綾花の胸は高鳴った。

（耳の近くで珪さんの声が聞こえる……！）

　でも彼がいつもと同じで優しいから幸せな時間だった。撮影が無事終わり、帆太が２人に駆け寄って映像を全員で確認する。綾花には、画面のなかで過ごす自分たちが、意外と違和感なく恋人にように過ごしているように思えた。珪先生と顔を見合わせ、これで大丈夫だと帆太に伝える。

「お２人ともありがとうございました！」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「では俺はこれで失礼します！」

　そう言い残して帆太は足早に去っていった。

「なかなか貴重な体験でしたね」
「そうだね」
「珪さんがカッコよくてドキドキしっぱなしでした」

　珪先生は少し恥ずかしそうに、けれど大人の余裕を持った笑みを浮かべた。
　後日、珪先生と動画を見る機会があった。あのときの映像にエフェクトや音楽が編集で加えられて、雰囲気が華やかになった。コメントも好意的で一安心。

（このドラマのように恋人になれたらいいな）

　綾花はひそかにそう願った。

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