今はまだ。それでも今は。｜リアクション

今はまだ。それでも今は。

　どこまでも優しく包んでくれる珪に、綾花は少し寂しくなって身じろいだ。
　こんな風に思っているのは自分だけなのかと、わがままを言って困らせたかと考え始めれば、離れる勇気も出てこない。
「……気持ちは嬉しいけど、僕はちょっと楽しみにしてることがあるんだ」
「え？」
「綾花さんを家まで送ってく。……それってさ、今しかできないでしょ？」
　きょとんとした目が、少しずつ理解に染まっていく。
　今はまだ、帰らなければいけない。されど今は、恋人同士だ。
　家まで送り届けてくれる。寮暮らしとは違って、玄関先まで彼が送ってくれる。……けれどそれも、「今」だから。
　またねと笑って名残惜しみながら扉が閉まるのを見て、やっぱりとベランダを見上げて。
　帰ったら、おやすみとメッセージを打つ。
　これらは悲しいお別れの瞬間ではなく、珪にとっては今の綾花とだけ紡げる密やかな愛の形。
　もしこのまま２人で未来を歩んだなら――そんな時間はなくなってしまう。
「そ、れって……」
　頬が熱い。
　本当に彼は、何を言っているかわかっているのだろうか。立派な愛情表現だと、受け取っていいのだろうか。
「だからさ、今日は……綾花さんを、送らせてくれないかな」
（そんなの……ずるい、です）
　思わずこぼれそうになった言葉を、ぐっと胸の奥にしまって――綾花は、笑った。
　言葉だけみれば「帰りましょう」と言われたはずなのに、不思議と悔しさは感じない。
　こういうところが大人だなぁって、真面目な珪だなぁって思う。そして、同じだけ寂しがっても、今できる精いっぱいの愛で包もうとしてくれている……心から好きになった人。
「じゃあ、お願いしても、いいですか？」
　デートの終わりなんて憂鬱だと思っていた綾花の心に、新しい価値観が生まれる。寂しくなると思っていた帰り道が、たった数分なのに楽しみになった。
　手をつなぐか、袖をつかむか。それとも、何でもないような顔をして、肩を並べて歩くのか。……きっと、どれを選んでも嬉しくて仕方がない。
（今しかできないこと……）
　彼の言葉を反芻し。そうだよねと、そうだといいなと願いを込めて綾花は帰り支度をする。
　次のデートまでは声やメッセージで我慢しなくちゃいけないのに、胸の奥がやけにくすぐったい。

　恋の浮力はまだ少しだけ不安定。
　喜びの風船は急に膨れては、ふっと安定する。でも、しぼむことはなく、確実に心を運んでくれる。
　心に穏やかな春風が吹いている。
　きっと、この恋の風船は――２人を連れて、虹の向こうまでも飛んで行ける気がした。

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あとがき

担当マスター：浅野悠希
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この度はリクエスト頂きありがとうございました、浅野です。
ガイドの公開まで、だいぶとお待たせしてしまい、本当に申し訳ございません……！

まだ恋人になったばかりのお二人ということで、温度感を大切に執筆しました。
それぞれが「らしい」速度で、歩めているんじゃないかなと思います。

これからもぜひ、一歩一歩進んでいけたらなと思いますので、見守らせてくださいね！

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