エノコロ岬を駆け回った城山 水樹とヒュー・ヒューバートが、次にやって来たのはシーサイドタウン。
　少しゆったりしようと大観覧車へと向かい、今日の成果を振り返っているようだが――。
「イースターエッグの数じゃ負けても、ぬいぐるみの数は勝てた……と、言いたいところだけど」
　それぞれで探し数を競っていたはずが、受付で写真を見せると「お２人で５つ見つけられたんですね！」なんて喜ばれ……結局、２人してイースターエッグを抱えたウサギのペンスタンドを貰うことになった。
　コロンとした陶磁器製のスタンドは、ペンや歯ブラシなどが１本立てられる大きさで、花を耳元に飾っていたり、ベストを着ていたりと見た目もそれぞれ違っている。そのまま飾っても、十分に良さそうな品だけれども。
「結果的には協力ってことになったけど、水樹がぬいぐるみを多く見つけたのは間違いないわけだし」
「そう！　私が、多く見つけたんだから」
　勝負事で負けるだなんて、イベントだって許せるものか。何でも真剣に取り組む水樹らしさに、ヒューもクスリと笑って手を差し出した。
「そろそろ乗れそうだね。僕らのゴンドラは……あの可愛らしい物かな？」
　客寄せのためか、季節ごとにいくつかのゴンドラが特別仕様となっており、本日もイースターバージョンに飾り付けられた物があるのは告知で見て知っていた。昔ながらの普通のゴンドラでも悪くはないけれど、折角イベントを満喫した帰りなのだから、特別仕様の物も悪くない。

　――なんて、思ってはいたのだけれど。

「ええ……？　この色の順番に卵を集めろなんて、そもそもこの半分なのは卵になるの？」
「半分？　水樹、紙を裏返してみて。もしかしたら折り紙みたいに……」
　どうやら乗車したのはイースターの飾り付けこそされているが、謎解き要素のあるゴンドラで。イベント帰りなテンションの２人には「ああそうですか」と捨て置くことも出来ず、窓の外からヒントを探したり、意見を出し合ったりして、なんとか謎を解き明かすことが出来た。
「答え合わせは降りてから、か。降りるのが楽しみになる観覧車も珍しいわね」
　ふふりと笑って、水樹はカラフルなゼリーボールが入ったドリンクに手を伸ばす。添えられているのはウサギを模ったアイシングクッキーで、細かいところにまでこのゴンドラの雰囲気を壊さない工夫がなされていた。
（やっぱり、素直に言って正解だったな）
　ずっと後悔して、うじうじして。らしくない態度を取ってきたけれど――水樹はシンプルに気持ちを口にすることができた。気持ちがすっかり晴れたわけでも、過ちを無かったことにできるわけでもない。それでも彼への気持ちは何一つ変わらなかったから。
　今日も楽しかった。まだ休みは数日あるし、明日は何をしようか。そんな気分でヒューを見ると、彼は少し辛そうにも見えるくらい真剣な顔で、水樹を見つめていた。
「……ヒュー？」
　観覧車も下りはじめ、もうすぐ1/4に差し掛かろうかという頃。ヒューは水樹と目が合うと、改まったように居住まいを正し……苦笑しながら、少しだけ身体の力を抜いた。
「いや、ちょっとね。色々考えてたんだ」
　今回は水樹の休みが纏まって取れたから一緒にいられるけれど、専属で頑張るこれからはどうなるんだろうとか。そのうち都内への往復も厳しくなって、東京で一人暮らしをするのかなとか。
「多分、水樹にとって活動の妨げにならない場所が、きっとあるんだと思う。けど……」
　ゴンドラは、もう間もなく降り口に到着する。こんな場所でと一瞬思いながらも、ヒューは水樹の手を握り、言葉を続けることにした。
「水樹……僕と一緒に暮らさないか？」
　驚きに目を見開く水樹を連れてゴンドラを降り、２人は頑張った謎解きの答え合わせをせぬままに、海岸通りを少し歩く。
（え、一緒にって……単なる同棲？　それとも）
　彼の言葉の真意が見えず、ぐるぐると考え込む水樹は、混乱からか不安そうにヒューを見つめていた。その表情に焦りすぎたかと僅かばかりの後悔が出てきて、ヒューは優しく水樹を抱きしめた。
「互いに紆余曲折があったけれど、そろそろ将来のことを……って考えたとき、傍に居て欲しいと思ったんだ」
「……これって……プロポーズ？」
　そうと言い切りたいけれど、指輪も花束も無い。手ぶらな上、素敵な夜景は謎解きに夢中で通り過ぎてしまったし、高級料理が並ぶレストランでもない。だけど、気持ちの上では何一つ足りないものなんて、ヒューには無かった。
「将来を考える子と一緒に暮らしたい……それって、プロポーズ以外に意味がある？」
　ぎゅうっと抱きしめた水樹が肩を震わせている。その涙が戸惑いでなく、嬉し涙ならどれだけいいかと思いながらも、ヒューはそっと身体を離した。
　まだ関係修復の切っ掛けを迎えてから半月経つかどうかだ。そんな時期にこんな言葉、竹を割ったような性格をしている水樹だって悩むに決まっている。
「もちろん、すぐに返事をというわけではないから、よく考えて──」
「いいの？　こんな私で、本当に……」
　距離を取ろうとするヒューを捕まえ、水樹はじっと彼を覗き込む。
（こんな冗談を言う人じゃない。私だってヒューは好きだし、嬉しいけど）
　その資格があるだろうかと躊躇って、言葉に詰まる。言いたいけど言えない思いが涙となって溢れそうだ。
「水樹、焦らなくていいから。……でも、僕が、水樹と一緒に暮らしたいってことは忘れないで」
「ヒュー……こんな私でもいいのなら……私こそ、これからもよろしくお願いします」
　淑やかに笑う水樹の頬に、涙が伝う。それは戸惑いではないと、今度こそヒューも確信を持てた。

（思い出を増やせるんだ……これからは、違う形で）
　時が経てば色褪せてしまう思い出も、この日ばかりは鮮やかなままだろう。
　もうすぐ終焉はやってくる。けれどそれは、新たなステージへ導くためであり、関係の終わりではない。

　今から始まるのは、恋人としてのエンドロール。
　けれどその次は――２人で紡ぐ、新たなストーリーが開演を待っているのだから。