いつもいつも、青木 慎之介には驚かされてばかりだ。
　彼が「思いついたら即行動！」なタイプであるとは知ってはいても、まさかこう頻繁にアメリカから帰国するだなんて月守 輝夜は思いもしなかった。
　どうやら、留学先は春休みとなったようで、少し向こうの友達と休暇を過ごしての帰国だったらしいが、課題が終わったら飛行機を取るつもりでいたから事前に報告ができなかった、というのが今回の言い分だ。
　花畑を眺めつつ、軽く近況報告が終わると２人は喫茶店に向かう。まず出迎えてくれた雑貨コーナーに、輝夜は色あせないドライフラワーや可愛らしいチャームなどに目を奪われた。
「へぇ、自分で作ることも出来るんだな。でも、こんな細かい作業……」
「やろうよ、慎之介くん！　説明書通りにやれば、大丈夫だって」
　持ち手がハーバリウムになっているペンや、ポプリのポットなど色々作れるようだったけれど、輝夜はキーホルダーを作ろうと提案した。専用液などを使わずに済むこれなら挑戦しやすいだろうし、普段から持ち歩きやすいアイテムだと思ったからだ。
「このケースに花を詰めるのか？　まあ、スプーンで入れるだけならチャレンジしてみるか！」
　クリアケースにも様々な形がある。ハートやクマ、ハニカム型にダイヤ型。でもやっぱり、ここは。
「ね、この丸を満月に見立てて、ウサギも一緒につけるのどうかな？」
「ははっ、月守みたいだな。よし、俺もそれでいくか」
　形だけはお揃いにして、中に詰めるドライフラワーは思い思いの物を詰めよう。そんな話をしながらケースを購入し、あとで交換しようね、絶対無くさないでね、なんて話していたのは最初ばかり。
　作業台に付いた時にはお互い真剣な顔で、詰め放題と並べられた花々を厳選し始めた。
（そういえば、花言葉ってドライフラワーになると変わるのかな？）
　ふとした疑問が過り、輝夜はそっとスマートフォンで検索する。その結果、日本では特にないばかりか、外国では長く楽しめることから『永遠』や『愛情』という花言葉があるという。……まあ、一部『終わらない友情』と気になる言葉も見かけたが、慎之介とは恋人同士なのだから、それは気にしないことにして。
（となると、この箱に書かれた名札を参考に花言葉を調べなくちゃ）
　バラなど有名どころならともかく、さすがに全ての花言葉を知っているわけではない。色ごとに違うこともあるし、慎之介に渡すのならなおのこと気を遣う。かといって、並んだ花々全てを調べている時間もないだろう。
（まずは気になる花を見つけて、念のためにスマホで調べるくらいで大丈夫かな）
　本当は最適な花を贈りたいけれど、その機会はこれからもあるはず。そんな日を夢見ながら、輝夜は懸命に花を選んだ。

　そうしてできあがったのは――輝夜は月にモリソニア、ウサギにピンクのかすみ草を。そして慎之介は、月に黄色のイモーテルを、ウサギには色とりどりのスターチスを詰めたようだ。
「どうして、この花を選んでくれたの？」
「え？　やっぱり月は黄色だし……ウサギは、カラフルなほうが元気な月守みたいかなって」
「もう……花にはね、花言葉ってものがあるんだよ。例えば、私が詰めたのは――」
　モリソニアには『あなたを支える』、ピンクのかすみ草には『切なる願い』。それから英語では、かすみ草全体の花言葉として『everlasting love』なんてものまであると言えば、慎之介は驚いてキーホルダーを見つめ、大切そうに握りしめた。
「サンキュ！　じゃあ、あっちでリベンジさせてくれ」
　そう言って慎之介はカフェスペースを指差した。もちろん輝夜の答えは決まっている。
「うん！　楽しみだな、どんな花を選んでくれるのか」
　期待に満ちあふれた顔で微笑めば、彼は「任せろ！」なんて頼もしそうに言うけれど――メニューを見ると、その顔は少々強ばった。
　先のドライフラワーほどでは無いが、数が多い。そしてメニュー表には花の名前は書いてあれど、花言葉など書いていないのだ。
　ちらりとスマホを横目で見ては、大きく頭を振っている。……答えを見るのは、男らしくないと思っているのだろうか。
「私はお花のジャムを使ったパンケーキとローズスカッシュとかいいと思うんだけど」
　助け船を出したつもりの輝夜だが、ローズスカッシュにも様々な色がある。ひとしきり悩んだ慎之介は、天の助けとも思える一文をメニュー表に見つけて、店主を呼んだ。
「ジャムを使ったパンケーキとローズスカッシュ、それから……彼女に凄く好きだって伝えられるやつ！」
　あまりにストレートに言うものだから、輝夜は嬉しさよりも恥ずかしさが勝ってしまい、先ほど交換したキーホルダーを握りしめて俯いた。ウサギのほうはよく見えないが、手から零れた月にはイモーテルが入っている。
　その様子を見て微笑んだ店主は、２名用でご用意しますねとキッチンに入って行った。
「ここに、お任せが出来るってあったんだ。これなら絶対、月守が喜ぶ……月守？」
「ほんとにもう……慎之介くんは、いつでも私をびっくりさせるんだから」
「飽きなくていいだろ？」
　悪びれもせず笑う彼自身は、びっくりすることが苦手なくせに。そう心の中で呟いて、輝夜はこれからも振り回されるんだろうなと苦笑する。

　そうこうしているうちに、２人の前にプレートが運ばれた。
　通常は２枚重ねなパンケーキをそれぞれ１枚ずつ分けられて、その隣には赤いチューリップを模したアイシングクッキーが添えられていた。
　そして２人の間には、ピンクの百合で作ったコンフィチュールと、ビオラのジャム。それぞれ、愛情や誠実といった花言葉があると説明してくれた。
　ローズスカッシュは青色で、夢が叶うと希望の意味が込められているとも。
　けれど、チューリップだけはなぜか慎之介に耳打ちされた。確か、『凄く好き』と伝えるためにと選んでくれたはずだけど。
「そっ、それはまだ、早いって！」
　顔を真っ赤にして店主に食ってかかる様子を、キョトンとしながら見守る輝夜は、あれ以上に恥ずかしい言葉の意味が込められているのだろうかと、スマホで検索しようとした。
「ストーップ!!　こ、こういうのは俺の口からだな」
「教えてくれるの？」
「今じゃないけど」
「じゃあ、いつ？」
　口ごもる慎之介は、照れ隠しなのかクッキーを輝夜の口に押し込んで「そのうち！」とだけ言って会話を終わらせようとする。
「そのうちと言えば……どうする？　アメリカ旅行が延期なら、あっちも延期にする？」
　なんだっけ、という顔で見つめ返す物だから、輝夜はそっと慎之介に耳打ちをした。

「……貯めてたお小遣いもあるし、どこかに泊まっちゃう？」
　それを聞いてようやく――輝夜がアメリカに来たら何をしようと言っていたのか思い出したのだろう。
「いま！　今、その話題はタイムだ！　そう、えっと……俺の作ったキーホルダーの花言葉、調べようぜ」
　どうしても話題転換しようと必死な慎之介は後悔する。
　けれど、羞恥に染まり続ける慎之介とは裏腹に、輝夜は幸せそうな笑みを浮かべるのだった。