光風霽月｜リアクション

光風霽月

　ひとしきり満足するまで確認し終えて、晴月は呆れたように笑ってみせる。
「見た目が変わることなんてないのにね」
　髪も服も、面差しだって見慣れた姿なのは当たり前。そう安堵したのに……晴月は上手く笑えてなかった。
　ウィンドウに映る少女は思いのほか悲しそうな顔をしていて、そんなつもりの無かった晴月は不思議そうに小首を傾げてみるが、同じ仕草をする彼女が教えてくれるはずもない。
　さっきまでは確かに『いつも通り』であることを望んでいた。なのにどうして『それでは嫌だ』と感じている自分がいるのだろう。
　漠然とした何かにモヤッとした。それはわかるのだけれど、何が嫌なのか、どうなりたいのかなんて全く思い浮かばない。
（……へんなの）
　このままでは、変な顔でラッセルを迎えてしまう。ぺちぺちと両頬を叩くと、今度は信号の向こう側を見た。
　夜通し遊んでいた人や、夜勤を終えて帰る人が行き交う中に、まだ彼の姿は見つけ出せない。けれど、彼がいるだろうかと探して視線を巡らせればワクワクするし、いつ彼の姿が見えてくるかと思うとドキドキもする。
　ただ待っているだけ。それだけなのに、この時間が愛おしいような気さえして……さっきまでのモヤモヤなんて吹き飛んでしまいそうだ。
（ラッセルも……いつも、こんな気持ちなのかな？）
　空に向かって名を呼んでくれるときとは、ちょっと状況が違うだろうか。だけどもし、同じ気持ちで姿を現わすのを待っていてくれているのだとしたら――なんだか少しこそばゆい。
「でも、そうだといいな」
　計画表で顔を半分隠しながら、晴月は幸せそうに笑った。

　そうして、幸せな気持ちでラッセルと合流を果たしたはずの晴月だったが――。

　「今回は遠足体験も兼ねてるから、晴月には切符を買って貰おうと思うんだ」
　「駅弁とかもいいよな。旅の醍醐味っつーか、やっぱ遠足には弁当ってかかせないアイテムだし」
　「窓を眺めつつまったりするのも悪くねーだろ？　混んでくると難しいけど遠足の楽しみはさ――……」

（えんそく……）
　改札で、乗り換え駅で、混雑した電車内で。楽しそうにラッセルが『遠足』と口にする度に、晴月は考えた。
　遠くまで歩くこと、日帰り旅行のことを意味する他、教師の引率がつく校外学習なども指す遠足。ラッセルが計画表を用意してくれたことを考えると、恐らく彼にとって校外学習の意味合いが強いのだろう。
　彼が先生のように面倒を見て、自分が生徒のように着いて行く。それはあながち間違ってはいないし、不満があるわけでもない。
（それも楽しそうだけど……けど？）
　忘れたと思っていたモヤモヤが、再び胸を詰まらせる。けれど、やっぱり何が引っかかっているのかわからなくて、晴月は上手く言葉にすることは出来なかった。
　遠足という響きだって、最初に聞いたときはキラキラしていたはずだ。計画表を受け取って大喜びしたことも覚えているし、楽しみにしていたのも本当。
（けど、今は）
　彼に悪気がないどころか、楽しんでもらいたい一心なのはわかっている。わかっているから――苦しい。
　晴月はきゅうっとラッセルの左腕にしがみ付いて、気のせいだと言い聞かせた。
　少しだけ胸の奥がツキンとしたのなんて、気のせいだって。
「どうした晴月、もしかして人に酔ったか？　次の駅で休憩にするから、もう少し――」
「ねぇラッセル……今日は遠足なの？　デートなの？」
　だけどやっぱり、知りたいと思う気持ちは止められなかった。
　晴月は切望するようにラッセルを見上げるけれど、彼は予想外の言葉を聞いたと言わんばかりに瞬いている。
　いや、もしかしたら――何気なく聞いたつもりでも、そうは聞こえなかったのかもしれない。あのウィンドウと同じように、『嫌だ』と思ってしまう心が顔に出ていたら……どうすればいいのだろう。
「あのな、晴月。俺はだな」
『次は戸塚、戸塚です。降車扉は――……』
　電車のアナウンスに遮られ、ラッセルは思わず言葉を止めた。
　だけど代わりに、力強く手を握ってくれる。だから晴月は、合わせる顔がなくて俯いてしまったけれど、不安になることはなかった。
「わりぃ晴月。ここで乗り換えだから……まずはここ抜けてからな！」
　電車がゆっくり停車して、押し合うように人が降車していく。その波に逆らわず進んでも、今度は人の溢れるホームが待ち構えていて、足を止めることは許されない。どうにかこの流れから抜け出さないことには、落ち着いて話すことは難しいだろう。
　それは晴月にもわかっている。だから何か言おうとして口を開きかけては閉じるを繰り返したけれど、急いで歩く人達の邪魔にならぬよう、歩く足だけは止めなかった。

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光風霽月

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