ワケアリ品はお安く、甘く｜リアクション

ワケアリ品はお安く、甘く

「今日は、買い尽くしましょう。食べ尽くしましょう！　おーっ」
「おー」
　いささか気のない「おー」に聞こえるが、これで倉前七瀬もウォルター・Bも双方気合は十二分にこもっている。そうは見えないだけでモチベーションは最高潮である。
「まずはいちご大福から。これは外せませんよねー」
「異議なーし」
　ことに七瀬はむんと両手を握り込み、このチャンスは逃せぬとばかり前のめりである。アウトレットスイーツ、ワケアリ品をお値打ち価格で。嗚呼何と魅力的な響きであろうか。実入りの少ない学生にとってはまたとない機会なのだった。
　会場は盛況で、いずれのブースにもほとんど等しく行列ができている。二人もその中へと紛れて順番を待つ。
「ウォルターさん、今日は付き合ってくれてありがとうございます。忙しくなかとですか、年度末で」
「まあねぇ、成績処理とか行事の準備とか仕事はいろいろあるけど。でもやっぱり、息抜きも必要だよねぇ」
　世の教員のブラックな勤務実態というものを七瀬も耳にしないではないが、そこへいくと寝子高はあんな校風であるし、ウォルターも目の下にクマを作ったりへろへろに疲弊していたりするわけでもないから、いくらか緩いのかもしれない。
「七瀬も今時期は忙しいんじゃない？　来年度の準備とかあるでしょ」
「そうですねぇ。でも、気分転換も必要ですから」
　ウォルターと会う休日がまさにそれであり、この日を経ることでより一層来期の備えやら司書教諭となるための勉強やらにも力が入るというものだ。糖分とウォルター成分を一度に存分に摂取するのだ。
「お、僕らの出番だね」
「はい。いちご大福詰め合わせ、くださーい！」

　まずは『欅家』のいちご大福を確保し、気になっていた焼きドーナツも購入してフードコートへ。
「うわぁ、すごい重量！　ずっしりしとるー」
「ワケアリ品っていうけど、そうは思えないよねぇ」
　頬張ると上品な甘さといちごのジューシーが混然一体となって口の中を翻弄した。一体これのどこがワケアリだというのか。店に売っているのを購入したとて違いは分かるまい。それほどの美味である。
「この大福は黒あんですね。ウォルターさんは白あん黒あん、どっちが好きですか？」
「また難しいことを聞くなぁ……どっちも美味しいじゃない」
「ふむん？　黒あんの素朴な味わいが僕は好きですけど、白あんも中のいちごが引き立って美味しいですよね。うん、どっちも好きですね」
「あはは、でしょ？」
　続いて焼きドーナツをいただく。油で揚げず焼いて作るヘルシードーナツだ。形が不揃いな点で基準を満たしていないが故のワケアリ品とのことだが、時に製菓を嗜む七瀬の目から見ても違いはよく分からない。やはりどれも変わらず美味そうだ。
　シュガーの乗ったプレーンドーナツをかじると、揚げないが故のあっさり感、それでいて食べ応えもあり新鮮な味わいだ。
「甘さ控えめでくどくなくて、美味しいです。ぱくぱくいけちゃいますね。ほらほら、ウォルターさんもどうぞ。こっちのチョコがけドーナツはどうですか」
「うん、いただくよぉ」
　ぱくり頬張ると彼の笑顔もじんわり、蕩けるようだ。

「これは美味い。罪悪感なく食べられるのがいいね」
「あ、やっぱりウォルターさんでも気にするとですか。そういうの」
「ウチのメイドさんが厳しくてねぇ」
　まぁ彼が三十半ばを過ぎてもなお理想的な体型を維持しているのは、その厳しさが故にかもしれない。
　とはいえ今日のような日くらいはメイドさんも許してくれるのではないだろうか。気がつくと大福もドーナツもすっかり平らげていたが、まだ腹の中身にはいくらか余裕がありそうだ。
「まだいくよね？　どれいこうか」
「僕はロールケーキとパフェも気になってます。美味しそう」
「いいね、いこういこう」
「というか、どれも気になるとです。時間と財布の許す限り回りましょう」
「はは、豪快だねぇ。いいよぉ、付き合うよ」
　果たして一体、今日のうちにどれだけのカロリーを摂取することになるのか。あえて計算したくもないが、七瀬は苦笑いまじりにつぶやいた。
「明日から運動しないと、ですね」

　土産に缶入りのクッキーを買って帰路につく。これもまた割れたり欠けたりといったワケアリ品とのことだが、かといって気にはならない。味や品質に変わりはないことは身をもって実感したばかりだ。
「ウォルターさんもどうですか？」
「うん？」
「延長戦」
　紅茶かコーヒーでも飲みながらゆったりと、七瀬の自室で過ごす午後もいいだろう。ウォルターだってそうに違いない。その証に彼は、いいねぇ、と笑みをこぼした。

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