ふくびきやの憂うつ｜リアクション

ふくびきやの憂うつ

　月原想花はふくびき屋なる店でガラガラを回し、気づけばそこはどこかのホテルの一室だった。座っていたテーブルにはＰＣと原稿用紙が置かれていて、乱雑に散らばった封筒には『〇〇編集部』と三か所の出版社の名前があり、
（そうか、ぼくは作家だった）
　締め切りに追われる超売れっ子作家。
　夢なのは承知だが、将来作家を目指しているので良いことだが、
（この状況でバトルアクション？）
　どう考えてもホテルに缶詰めになっている作家だが、何故ここからバトルになるのだろうか。
　少し考えた後、
「少し出ようかな」
　集中力が切れたら息抜きが必要だ。いっそ抜け出して遊びに行くのもアリだろう。
　そっとドアを開けると、絨毯が敷かれたホテルの廊下には誰もいなかった。ドアの隙間からすり抜けて、非常階段へ。エレベーターを使うとバレるかもしれない。
「さて、ネタが思いつきそうなところへ」
　ふと見ると、ホテルのロビー、自動ドアの前に三人の強者が並んでいた。張り裂けそうな胸板を隠しきれないネクタイの男、何故かメリケンサックをしているノーネクタイワイシャツの男、ピアスにモヒカンの男。
　想花の姿を見るなり、彼らは襲い掛かってきた。
「うおおおおおっ」
「逃がしませんよおおお、先生えええ」
「うちの原稿だけでもお願いしますううう！」
「やるしかない」
　メリケンサックの拳が襲って来る。
「ひいっ」
　どうにか避けたが、命を狙いに来ているとしか思えない。
「大丈夫ですよ、先生。先生の意識がなくとも、催眠術で書かせることはできますからね」
「そんなことされて」
　想花はメリケンサックの腕を絡め取った。
「たまるかああっ」
　背負い投げ一本。
「ぐはあっ」
　そんな彼が床で動かなくなったタイミングで、ムキムキネクタイが背後から手を伸ばして来た。
「うっ」
　首に手を回され、締め上げられる。
「さあ、部屋へ戻って執筆を」
　想花は思いっ切り、彼の足を踏み込んだ。
「ぐああっ」
　緩んだ隙に脱出して、下から強烈な頭突きをかますと、動かなくなった。
「隙ありいいいっ」
　飛び掛かってきたのは、モヒカン男である。想花は回し蹴りで、それを撃退。
　中々の身体強化である。
「よし」
　想花は出口へと歩き出した。
（ぼくなんかでも、わりとバトルマンガできてるな）
　さすが夢である。
　と、自動ドアが開いて入って来たのはスーツ姿の女性だった。周辺の客達がざわつく。
「あれは全出版社を束ねる編集長！」
「ひえ、滅多に人前には出ないのに」
「美人過ぎる」
（ラスボス感エグイ……あと、束ねるってどういうこと！？）
　腰に手を当て、近づいてくる。
「先生、さすがに逃がしませんよ」
　彼女の背後にはさらに屈強な編集者達。壮絶なバトルに突入したことは言うまでもない。
　ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、しかし数が減らない。戦闘力のあるゾンビのようだ。
　しかし、唐突に終わりがやって来た。
「やあ、諸君！」
　黒いサンマ、ダークネスサン・マーであった。
「え」
　ギャグバトルになーれ！
　その瞬間、屈強なゾンビ達は消え、編集長と対峙していた。
　想花と編集長の頭には、赤いボタンがついたヘルメット。
「ボタンを先に押した方が勝ち。分かりやすいじゃない。さあ、覚悟っ」
　走って迫ってくる編集長だが、何もない所で盛大に転んだ。
「ぎゃうっ」
（うわ……）
　絶対に顔面強打している。痛そうである。
　想花はゆっくり彼女に近づいて、頭のボタンをプッシュ。
「作家さんの勝ち～。俺達の戦いはこれからだ！　完結」
「いやいやっ、バトル物の終わりとしては最悪じゃない？」
　ほぼほぼギャグ勝ちだった
　そして、視界が歪む。
（ああ、ギャグ勝ちで終わる）
　夢の目覚めは近いようだ。

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