双界の決戦　――界喰らいのグラトニエル――｜リアクション

双界の決戦　――界喰らいのグラトニエル――

　一瞬意識が消えかけたが、すぐに僅かな痛みが走り我に返る。気が付けば、真白が「大丈夫？」と彼女に手を差し伸べていた。立ち上がれば、懐からなにかが零れ落ちる。よく見れば、それは壊れた錠前だった。
「そういえば、大ダメージを肩代わりするアイテムがあったんだった」
　夏夜はそれを握り締めると、顔を上げる。氷は飛び散り、グラトニエルがにこりと笑っているのが見えた。しかし靄の勢いは弱まり、グラトニエルの笑みには怒りが滲んでいる。
（ここで落とすためにも！）
　夏朝は自分を励ますように杖を握り締めると、猫の幻影を大量呼出して冒険者達の傷と心を癒した。
　温存していた二度目の『癒しのキャットランページ』。もう後はない。
（もう、終わらせないと……）
　スピカは極限まで力を籠め、呪文を繰り返す。おそらく自分の魔力を使い果たすことになるだろうが、この戦いに勝利するためには手段を選んではいられない。
　グラトニエルも何かを感じ取り、振り絞るかのように靄を発生させる。
　今まで何度も夏朝を狙おうとしていた。それを阻止してきたのが前線組である。
　疲労で反応が遅れるのを虎視眈々と狙っていたグラトニエルは、せめて『彼女を喰らって散ろう』と思い前進を開始……しようとした。
「こっちだよ！」
　その身体が、少年の声に反応する。瑠樹は、グラトニエルの視線が己に向いた事を感じ取ると、にっこりした。
「ウサギさん、かわいいねぇ。このネコさんも……」
　ここにきて、ろっこん『ゆるゆる和みと恩恵の輪』を発動、グラトニエルの表情が一瞬穏やかな物になる。
（油断は禁物、ってね！）
　そこに落とされる二一の忍者刀。隙をついた一撃が、グラトニエルに叩き込まれる。そこに合わさるのは夏夜と露草が合わせて放ったさらなる一撃。
　露草は夏朝の術により意識を取り戻し、ぎりぎりのHPで立っていた。どうやら戦闘不能状態一歩手前で、どうにか堪えていたようだ。
　グラトニエルはくすりと笑い、踊るような仕草で露草たちを払う。そのまま魅了効果のある舞いに移行し、冒険者達は意識を研ぎ澄まして耐える。

（耐えろ、あの姉の事を考えろ……）

　蒼留人は苦手意識の強い姉への怒りで意識を保つと、二一が見切れたのが見えた。彼女の動きで何かを悟った蒼留人は、踊るようにグラトニエルの動きに合わせると、思い切り剣を切りつけた。
　三度吹き出る黒い靄。その靄は徐々にグラトニエルの身体自体の変化に見えてきて……。それを見た真白はにこっ、と笑みを強める。
　そこへ飛んできた時を止めるビーム。ウサギさんがスケッチブックに閉じ込めたそれを解放したのだ。
　一瞬の隙が生じ、真白は囀る。

「ここで、終わらせなくちゃね」

　発動するは、白銀の鎖。お互いの動きを止める『グレイプニル』の発動に、グラトニエルの顔が初めて歪む。
　溢れる靄を払うは、都の放つ矢。これで最後にしようと、撃ち尽くす勢いで放っている。
　そこをすり抜けたとしても、凜太郎が愛馬に乗って引きつけ、華麗に回避する。
　彼すらすり抜けた靄が槍となり、夏朝へと牙をむく。しかし、それは治癒士に届かない。
「悪いけど、そうはいかない……」
　槍となった靄を弾いたのは、碧南だった。彼女は夏朝を庇い倒れる覚悟をしていた。しかし、その身体に馴染んだ技が、槍をはじき返したのだ。
「……終わらせよう、グラトニエル」
　刹那、何度目かの吹雪がグラトニエルへ襲い掛かった。それは真っ白い憤怒。スピカはありったけの魔力を振り絞り、『銀界ニヴルヘイム』を叩き込んだ。
　黒い靄が、吹雪に圧倒される。僅かに染まって灰色の世界を生み出した刹那、その身体がぼろぼろと崩れ始めた。

　――あぁ、もっとたべたかったのに……。

　グラトニエルはそう言い残すと粉雪と共に崩れ落ちた。
　暫くの間、冒険者達の呼吸の音だけが、その空間を支配したのだった。

このページにイラストを設定する