Waiting for a Shooting Star｜リアクション

Waiting for a Shooting Star

　正午をいくらか過ぎたころ、船の前方デッキへの移動を綾花は提案した。
「前のデッキには屋根があるんです。テーブルと椅子も」
「なるほど」珪も流れを理解したようだ。「ということは」
「そういうことです」
　くすっと笑って綾花は足を早める。珪は迷わずつづいた。
　広い船のデッキを海風が心地よく吹き抜けていた。太陽は高く、輝く光が波間でキラキラと反射してまるで無数の宝石を散りばめたよう。行く手には小さな島影が見え隠れし、青空と海の青とが溶けあって美しい風景をなしている。船のエンジン音と波のさざめきがまじりあい、美しいBGMのように流れていた。
「お昼にしませんか？　作ってきました」
「楽しみにしてたよ」
　綾花の浮き立つ心が伝わったのか、珪の言葉も軽やかだ。
　テーブルにつくと綾花は、お弁当を入れたバスケットを取り出した。
　早朝から腕によりをかけた料理を、丁寧に詰め合わせたお弁当である。サイドメニューの一品まで手間暇をかけている。卵焼きは斜めに切ってハートの形にし、小さなハンバーグには星形に切ったニンジンのグラッセを添えていた。ツヤツヤの白米で丁寧に握ったおにぎりは、形もそろっていて目にも楽しい。
　綾花は二膳の箸を取り出した。ひとつは取り箸、桜の木で作られた細い箸だ。表面には優美な木目模様が浮かび上がっており、光の加減で輝いているかのように見える。もうひとつはやや太い。こちらは、しっとりと手に馴染む檜製だ。檜の芳香も興を添えている。桜の箸は自分用、檜の箸は珪のために用意したものだった。
「ありがとう。いただきます」
　珪は受け取って食べはじめる。
「ど、どうですか？」
　彼の反応が気になって綾花は自分のぶんに手をつけるどころではない。だが心配は無用、珪はたちどころに目を輝かせたのである。
「とてもおいしいよ。綾辻さんの料理はいつもすばらしいけど、今日は格別だと思う」
「本当ですか」
「もちろん。綾辻さんも食べてみたらいい。すぐにわかるはずだよ」
　綾花は心の中で安堵の息をつき、ようやく箸を手に取った。
　まずは卵焼きを口に運んだ。甘くふんわりとしていて、口の中でとろけるようだった。ハンバーグはジューシーで、ニンジンはほのかに甘く、野菜の自然な味が引き立っていた。おにぎりもふわふわで、中身はツナあるいは鮭フレーク、噛むごとに広がる海の幸の風味が、洋上の風景と見事に調和していた。自画自賛かもしれないが、なかなかのできばえだと思う。
　海鳥が遠くで鳴き声をあげ、風に乗って飛び交っている。
　手作りのお弁当を、大好きなひとに食べてもらえるこのひととき――。
　ずっとこうしていたいくらい。
「つぎはどんなお弁当にしようかな」
　綾花はつぶやいた。ほとんど独り言だったのだが、
「リクエストしていいのかな」珪が応じた。
　驚いたもののすぐに「はい、お願いします」と綾花は笑みを返した。願ってもない言葉ではないか。
「リクエストがあれば教えてください。作りますから」
　珪は少し考えてから答えた。
「じゃあ、次は唐揚げが食べたいな。一人暮らしだとなかなか揚げ物って作らないものだから。ああでも……ちょっと手間だよね」
「そんなことはないです。唐揚げにはコツがいくつかありますが、きちんと押さえておけば案外簡単なんですよ」
「ポイント？」
「たとえば下味をしっかりつけておくとか、醤油としょうがの割合を覚えておくとか。私、唐揚げ作りは得意なんです」
「そうなんだ。じゃあ、ぜひお願いするよ。期待してる」
　期待してる――これほど嬉しい言葉があるだろうか。
　未来を約束する言葉なのだから。
「珪さんのために、特別な唐揚げを作りますね。きっと驚かせますよ」
　ふたたび船の汽笛が鳴った。目的地が見えてきたのだ。

このページにイラストを設定する