中庭は、絵画のような美しさだった。青々とした芝がやわらかな光を受けて輝く。噴水の水はガラスの粒のよう。ひなぎくの花が咲きほこり、淡いピンクが空に映えていた。
寝子島高校、北校舎と南校舎に挟まれた中庭だ。
卒業が近づくにつれ、この場所ですごすひとときは
綾辻 綾花にとって特別な時間となっていた。第一志望の大学には無事合格、あとは卒業式までの日々を指折り数えてすごすだけ――それがわかっているから、なおさら特別に思えるのかもしれない。
陽気もおだやかな三月、昼休みなので在校生が思い思いにランチをとっている。芝生に寝転ぶ少女、ベンチでふざけあうグループ、かかとを踏んだスニーカーで学食へ急ぐ少年、いずれもごく平凡な光景だ。しかしまもなく綾花の日常から切り離され、高校時代とラベリングされたアルバムに収まるだけとなる。
いまのうちにしっかり見ておこう。記憶に焼きつけておこう。
私もあの一部だったって、いつか思い出せるように。
春風に吹かれながら、綾花は心地よい陽だまりの中を歩く。
やがて桜の下で足を止めた。
「珪先生っ」
声がはずんだ。本日図書室は休館日、たぶんここかなと思っていたから。
「ああ、綾辻さん」
早川 珪は綾花に微笑みかけ、大きな樹の下でゆっくりと本を閉じた。幹に背をあずけている。
桜の開花はもうすこし先だ。枝はまだ裸で、校舎のかげに細い輪郭をさらしている。でも綾花は知っていた。枝にはすでに生命の息吹が宿っていることを。目覚める準備が整った桜は、内側に潜在的な力を感じさせた。静かにみずからの時を待っているのだ。
珪の手元の本は、ハーマン・メルヴィルの『白鯨』だった。かすれた表紙で装丁が古い。きっと古い翻訳なのだろう。愛おしむように表紙をなでてから、珪は本を脇にかかえて立つ。
「何かあったのかい?」
嬉しそうに見えるから、と珪は言った。
「探していたんです。珪先生を」綾花は期待に胸を膨らませ、顔を赤らめながらたずねた。「それで、あの、約束でしたよね。大学に合格したら、って。船での日帰り旅行……覚えていますか?」
「覚えてるよ」
綾花の心は喜びに満ちた。そろそろかなと彼も考えていたそうだ。
港までは珪が愛車で連れて行ってくれるという。
「そこからの船のプランや行程は、私が考えていいですか?」
思い切って綾花は言った。
以前ドライブに行ったときは目的地もないようも珪が主導してくれた。今度は綾花がプランニングする番というわけだ。
楽しみだよ、と珪は一も二もなく賛成した。
「ミステリアスだね。ずっと洋上ってのもいいしどこか、たとえば湘南の灯台を訪れるとか、逆に伊豆大島まで足をのばすってのも面白い。別の目的地があってもいいと思う。そもそも船だってたくさん種類があるからね。豪華客船かもっと小さな遊覧船か、クルーズ船、ヨットだってあるわけだ」
まさか足漕ぎのスワンボートってことはないだろうけど、と珪は綾花を笑わせた。
「いずれにせよ」珪は言うのである。「当日は晴れるといいね」
「はい」
賑やかな中庭なのに、自分たちのいる一角だけは静寂に包まれているように綾花は思った。
といっても温かくやわらかな、気持ちが通じ合っているからこその静けさだ。言葉を交わさずほほえみあう。
綾花にはさまざまなアイデアがあり、取捨に迷うくらいだったがひとつだけ、最初から決めていることがあった。
陽が落ちたら――船から眺める空に、珪先生と流れ星を探したい。
岸を離れ満天の星空のもとなら、きっとできると思うから。
桂木京介です。
綾辻 綾花様お待たせしました! リクエストありがとうございます。プライベートシナリオをお届けします。
シナリオ概要
早川 珪とのいつかの約束、大学合格祝いの船旅が実現しました。
決まっていることはひとつ『寝子島港から船に乗る』だけです。
ヨット帆船クルーザー、ジョークですけども足漕ぎ式のスワンボート、どんな船でどこを目指すか(ずっと洋上でもOKです)、どんな風にしてすごすしたいか、計画のご提案をお願いします。
ランチはきっと、綾花様手作りのお弁当になるのでしょうね。
夜には都市から離れ、あふれかえるほどの星空を楽しむのはいかがでしょうか。
告げたい言葉、ためしてみたいこと、あればお聞かせください。
ふれてもらいたい過去のシナリオがありましたら、ページ数を含めてご指示をお願いします。
それでは、次はリアクションで会いましょう。桂木京介でした。