冬の季語ってたくさんあるから｜リアクション

冬の季語ってたくさんあるから

【炬燵猫】

「あおいは本当に料理が上達したな」
　ほわわわわん、とゆるゆるな八神修はさつまいものお菓子をぱくりとほおばり、ご満悦。七夜あおいの料理の腕前ときたら、かつてはそれはもうサンタンたるものでしたけれど……本人の努力とそれを継続する意思、修をはじめ友人たちのあたたかな助力や介添えもあって、少しずつ上達してきたようです。少なくとも目の前のスイートポテトにさつまいものパウンドケーキ、さつまいもブリュレというスイーツラインナップはいずれもグルメな修の味覚を満たしてくれました。ひたむきなシェフへの愛情あってのことかもしれませんけれど、ともかく、修的にはすばらしい出来ばえです。
「ああ、美味いなあ。幸せだ」
「もう、大げさだなあ」
　苦笑いしつつ、あおいもパウンドケーキをぱくり。本人も納得のお味で、にこりと緩んだ微笑みがまぶしく、修も思わず目を細めました。

「うん。今日のはうまく出来たかな」
「ああ、バッチリだ。毎日でも食べたいよ」
「あはは」
「いや、俺も作ってごちそうしたいから、交代だな。いっしょに作るのも楽しいが」
「うん。そうだねえ」
　受験が終わったらまたいっしょに作ろう、と言うと、うなずくあおいのはにかみは少しはかなく揺れました。

　不思議なことはままあるものです、ことに寝子島に住むならば。
　お腹いっぱい、少しうとうととまどろむ午後。星ヶ丘寮はいつもながら静かにたたずんで、修の自室も静かなひと時……いやいや。
　どすどす、ずずん。ばたんどどどん、ぶにゃー！
「ん……！？」
「猫ちゃんたち、どうしたのかな？」
　お菓子を食べるということで、修の部屋で飼われている動物たちはリビングでしばしの待機中。といって退屈しないよう、オモチャの類やちょっとしたオヤツも用意しておいたはずですけれど。
　リビングの扉を開いて、修は目を見開きました。
「こ、これは……！」
　もっふりもふもふ！
「わ、大きい！？」
　あおいもびっくりです。修の愛猫の何匹かが、ででん。ずずずん！　なんと巨大化しているではありませんか。修の背丈の二倍は優に超えていそうなビッグサイズ！　広～い星ヶ丘寮とはいえお部屋の大きさには限りがありますもので、みっしりモフモフです。まさしく巨猫フィーバー！
　いつも清潔な八神家のにゃんこたちは、大きくなってもぽかぽかおひさまの匂いがただようばかり。思わず、もっふん。抱き着いてみます。
「これは……」
「ど、どう？」
　もっふと大っきくなったにゃんこへ顔ををうずめて、思いっきり吸ってみます。
「最高だ……！」
　ふたりうなずき合って、ぎゅうぎゅうのリビングへ突入！　思い思いに丸くなってくつろぐ猫たちのふところへＩＮ。テオによく似た子もぬくぬくとあたたかいけれど、長毛種の子のなが～い毛並みのうらっかわは格別です。あったかぽかぽか♪
「これはまさに、炬燵猫だな」
「こたつねこ！　そういう言葉があるの？」
「れっきとした冬の季語だよ。俳人は案外、身近な猫を俳句に読んだりしたんだ。松尾芭蕉に小林一茶なんかもね。ただの子猫だって、立派な季語だったりするよ」
「へええ……！」
　うかれ猫にかまど猫。かじけ猫、恋猫。なんて、けっこういろいろあったりしますけれど、ここで一句。
「炬燵猫、ちょいと押さへる、二人哉」
「それ、誰の俳句？」
「俺。小林一茶のアレンジ版だけど」
　ぷ、とあおいが吹き出すと、修も楽しくなってしまいます。
　みっちりみちみち。もっふりもふもふ。まどろむ猫がごろりと寝返りをうてば、ふたりは巨猫に乗り上げるかむぎゅっと押しつぶされてしまうので、がんばってもぞもぞと這い出して位置変えをする必要がありました。もう一匹がなにか面白いものを見つけたのか、猫パンチ！　猫パンチ！　その破壊力たるや壁を抜いてしまいそうなので、修が勘弁してくれ……とつぶやいたのがなんだかツボにはまったのか、あおいはけらけらと笑いました。
「これは、人をダメにする猫だな……」
「ほんとだねえ。ずうっとこうしていられそう～」
　巨猫のもっふりに詰まったまま、しばらくそうしてぬくぬく。あったかな毛並みに包まれて過ごしました。

　動物たちが開けたのか、中庭へ続く扉から吹き込むちょっぴり冷たい風にぷるるとひとつ身を震わせる頃には、猫たちは元の大きさに戻っておりました。
　むくりと身を起こし、窓を閉めつつピン、とひらめいた修。
「……今夜は鍋かな」
「いいねえ」
　腕まくりしたあおいの瞳がきらり、きらめきました。

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