【バレンタイン】チョコレート・アンド・ファンタスティカ｜リアクション

【バレンタイン】チョコレート・アンド・ファンタスティカ

　しんしんと小雪降る星ヶ丘を、綾辻綾花と早川珪は歩いている。
　寄り添う距離は、手が触れそうで触れぬくらい。
　時刻は、雪日でなければ日が陰る頃合いだ。

「あっ、あのコート、珪さんに似合いそうですね」
　イソラ・ガレッジャンテに特設されているオープンカフェに向かう道すがら、綾花はショップのショーウィンドウに目を向けた。
「でも今日みたいに寒い日は、隣の厚いコートがいいでしょうか」
　そう言えば、珪は。
「……本当だ。手がすごく冷たい」

　突然手を握られて、綾花はぱっと珪を見上げた。
　しかし珪は、繋いだ綾花の手と自分の手を、コートのポケットにすっぽり入れてしまう。
「これで、少しはマシになったかい？」
「……暑いくらいです」
　高鳴る鼓動を感じつつ、綾花は呟いた。
　そう、いっきに顔が、体が熱い。
　隣で珪が、くすりと笑う声がした。
　それが大人の余裕に感じるのは――。
（実際に年齢差があるのだから、仕方ないですよね……）

　しかし、到着したカフェのテラス席で、バレンタイン限定のイタリアンメニューを前にすると、綾花は自分も大人になったような気がした。
「お仕事お疲れ様です」
「綾辻さんも、受験勉強、お疲れ様」
　労りの言葉を交わし、愛しい人の顔を見つめるだけで、一日の疲れがどこかに飛んで行くようだ。
（珪さんも、そう思ってくれていると嬉しいな）
　そう思いつつ、しっかりマナーに則って、寝子島の新鮮魚介を使った料理を堪能する。

　そのときふと、お互いの前に置かれているミネラルウォーターが気になった。
（もし私が大人なら、珪さんはワインを飲んだのでしょうか）
　合わせてくれている気遣いはありがたく、ちょっとだけ申し訳ない気もする。
「……成人したら、珪さんと一緒にお酒が飲みたいです。まだちょっと先ですけれど」

　その言葉に、珪は一瞬、目を見開いた。
　成人したら。つまり２年後もあなたを愛しているのだと。傍にいたいのだと。
　綾花の無意識の告白に気がついたのだ。
　しかし、指摘することはせず、ただ微笑んで、綾花を見つめている。

　※

「チョコケーキ、中にジャムが入っていて、酸味と甘さが絶妙で、とっても美味しいです」
「このプリンもいい味だ。さっき店員さんがボネって言っていたっけ？」
　食後のデザートは種類も味も見事なもので、まさに別腹といったところだった。
　ただ、綾花はこのあとに、さらにデザートを用意している。
　手作りの、ナッツ入りブラウニーだ。
「珪さん、もうお腹いっぱいになっちゃいました？」
　そう聞きながら、丁寧にラッピングしたチョコを差し出す。
「……お店のにはかなわないけど、好きの気持ちは込めて作ったので……」
　ぜひ食べてほしいと思いつつ、料理のあまりの美味しさと満足感に、お願いするのはためらわれた。
　しかし珪は「ありがとう」と受け取った後、すぐに「開けてもいい？」と聞いてくる。
「もちろんです」
　綾花にとっては、緊張の時間である。
（手作りだから、他の女の子たちとはかぶらないと思うけど……）
　そんなことを考えたら、ぽろり。つい口から言葉が漏れてしまった。
「ほかの子にも、チョコ貰いましたか？」と。

「えっ？」
　珪が顔を上げた。その眉が一瞬下がったので「貰ったんだな」と綾花は思う。
　しかし珪は、曖昧に笑っただけだった。
　想いを寄せる綾花を気遣ってくれたのだろう。

　珪の大きな手が、丁寧にチョコのラッピングをほどいていく。
　小さな箱の中にきっちり並んだブラウニーを見るなり、珪は「美味しそうだ」と微笑んだ。その表情に、綾花もまた唇をほころばせる。
　そして、珪は言うのだ。
「食べてもいいかな」と。

　二人の間に風が吹く。

「もちろんです」
　綾花はうなずき、しかし、珪が口にするより早く。
　ブラウニーをつまんで、珪の唇の前に差し出した。
「珪さん、あーん」
　そんなことも言えてしまったのは、きっと甘い空気のせい。
　珪は夜空のような目を細め、かすかに笑んで、ブラウニーを、ぱくり。

「美味しいですか？」
　そう聞けば、彼は咀嚼し飲み込んだ後に「もちろん」と微笑んだ。
「じゃあ僕からもお返し。あーん」
「えっ、あっ、はい」
　綾花はドキドキしながら口を開けた。
　味見で食べた味ではあるが、いや、それよりももっとずっと――。
「美味しいです」

　自作のブラウニーに加わる甘さは、愛の味。
　頬を染め、綾花は珪を見つめたのだった。

このページにイラストを設定する

【バレンタイン】チョコレート・アンド・ファンタスティカ

シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧