小さな幸せのアイスクリーム屋さん｜リアクション

小さな幸せのアイスクリーム屋さん

「今日買った本、読み終えたら交換しませんか？」
「いいね。そうしようか」
　冬の寝子島を、綾辻綾花と早川珪は並んで歩いている。
　手袋をはめた手を繋ぎ、それぞれかなり重くなった鞄を持って。
　予定以上に、本を買ってしまったのだ。
「本好きあるあるですね、これ」
「本屋巡りは、リュックを背負ってくるのが正解かもしれない」
　真顔で言った珪に、綾花が笑う。
　そして見つめた愛しい人の背後に、綾花は、『Arctic Ice Cream』と書かれたキッチンカーを見つけた。
「あれ……珪さん、ちょっと待っててくださいね」

　駆け寄ると、カウンターの上で丸くなっていた白ギツネが顔を上げた。
「いらっしゃい。うちのアイスは美味しいよ」
「えっ、ぬいぐるみじゃないんですね」
　思わず言えば、奥から顔を出した白熊が「うふふふ」と笑う。
　一方で、ペンギンは「生きてるよぉ」と不満げだ。
「で、注文何にするの？」
　ぷんぷん怒りながら、ペンギンが聞いてきた。
　キツネが差出すメニューには、いろんなアイスの写真がいっぱい。
「どれも美味しそうで悩みますけど……私はキューティーストロベリー、珪さんの分はラズベリークリームチーズにします」

　両手にアイスを持って、綾花は珪の元へと戻った。
「はい、どうぞ」
　広い歩道の片隅に立っていた珪に、白と紫が混じったアイスを差し出す。
「これを買いに行ってくれたんだ。ありがとう」
　笑顔で受け取ってくれた珪と一緒に、鮮やかなアイスを、スプーンですくってぱくり。
「甘すぎなくて美味しいです」
「そうだね。濃厚なクリームチーズに、ラズベリーの酸味がちょうどいい」
「私のはストロベリーです。食べてみてください」
　綾花は珪に身を寄せた。
　いつもよりも、さらに一歩近づいて、肩が触れ合う距離でアイスを差し出す。
　珪はスプーンでピンクのアイスをすくって食べて「美味しい」と微笑んだ。
「僕のも食べる？」
「いただきます」
　今度は綾花が、珪のアイスをスプーンですくう。
　口に入れると、珪が言っていたとおり、濃厚爽やかな味が広がった。

　綾花は、「美味しいですね」と、言うつもりだった。
　それなのに、紡いだ言葉は。

「珪さんの傍に居れて幸せです」

（えっ……？　なんで今、こんなことを？）
　ふたりの間に響く自分の声を聞きながら、目を見開く。
「傍に居れて幸せ」なんて、いつだってそうなのだけど、言うタイミングは今ではない気がする。
　それなのに、唇はさらに動いて。

「これからも一緒に居たいです」

　さらに。

「私は珪さんのことが……」

　さすがに慌ててうつむいて、スプーンを持った手の甲を、唇に押し付けた。
（私、今告白しようとしました？　珪さんに迷惑がかからないように、ちゃんと教師と生徒の関係じゃなくなってからって決めてるのに）
　心臓がバクバク鳴っている。
「どうしたんだい？」
　珪の言葉には「な、なんでもありません」と答えた。
　熱くなった顔はきっと赤いし、とても珪の顔を見られない。

　うつむいたままアイスを食べる綾花の頭上で、ぽつりと声がした。
「僕も、綾辻さんと一緒に居られる時間は、幸せだと思ってる」
「えっ……」
　そろそろと、視線を上げる。
　すると珪は、静かに微笑み、こう言ったのだった。
「好きな本の話ができることも、こうやって僕のためにアイスを選んでくれるのも、とても嬉しいよ」
　ありがとう、と続けた珪は、まっすぐに綾花を見つめていて。
　綾花は、自分の体温がいっきに上がった気がしたのだった。

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