【Figure me out !?】

　白 真白は、バニーガールだった。
　バニーガールに変身していた。
　いやでもこれって！
　鏡に映る我が身をつくづくと見て真白は思う。
　いわゆる逆バニーでは！？
　一般的にバニーガールとされている扮装は、ウサギを模した耳つきのヘアバンドにカフスと襟カラー＆蝶ネクタイ、網タイツにバニースーツ、ハイヒールの組み合わせであろう。バニースーツとは肩紐のないボディースーツで、V字に近いハイレグ仕様かつ胸の谷間を強調するデザインになっていることが多い。スーツのお尻の部分には、ウサギの尾をまねた飾りがついているのも基本だ。ゲーム内のカジノに出てきそうな衣装である。現代が舞台のゲームはもちろん、なぜかファンタジー世界でもバニーガールといえばおおむねこの格好なのは、それだけインパクトの強いスタイルだからだろうか。
　逆バニーとは、このバニースーツの概念を逆転させたものだ。肩から腕までをタイツで覆いつつボディースーツ部分は無、ストレートにいえば裸という攻めの扮装。なのにウサ耳ヘアバンド、カフスに蝶ネクタイ、ハイヒールはノーマルバニーガールと同じなのだから、煽情具合としてはかなりのものである。
　穏やかに言って危険、穏やかに言わずとも危険！　それが逆バニーなのだ。主として胸のあたりが豊満な真白の場合、この装いは鬼に金棒というほかない。
　現在真白が着ている逆バニーの衣装は、バニーといえばの黒ではなく、白をベースにカラリングされていた。つまり白バニー、逆バニーであることも考慮すると、掟破りの逆白バニーということになろうか。
　まさか逆白バニーになっちゃうなんてね……。
　われながらセクシーなのは真白も否定しない。問題はセクシーすぎるということだろう。
　なお真白は両膝をつき両手で髪をかきあげ、垂れた左右の髪がデリケートなあたりを上手に隠している状態だった。限りなく十八禁に近いもののギリギリセーフであろう。といっても薄皮一枚で首がつながっている状態、ギリギリのギリと言うべきかもしれない。

　真白はこのポーズのまま動かない。
　バイトでデッサンモデルをつとめているわけではない。動かないというより動けないというのが正しい。
　最初真白は金縛りを疑った。
　でもちがう。痛みとかこわばりを感じなかったから。そもそも呼吸している実感がない。心臓も動いていないと思う。
　鏡と思っていたものが透明なガラスだと真白は気づいた。しかしすぐに考え直す。
　ガラスでもないよね。
　これプラスチックじゃない？
　待って。『みたい』ですらないよ！　透明なプラスチックだよ！
　自分の肌の質感を確認する。つるつるとして光沢がある。若くピチピチ玉の肌だから――と言いたいところだがそんな話ではないのだった。なぜって衣装はもちろん、髪まで同じ質感だったから。
　わかった！　いまの私、フィギュアだ！　フィギュアになっちゃったんだ！
　くだけた会話調英語では『Figure me out !?』という言い回しは日本語の『まじで！？』に相当する。真白は文字通りフィギュアになった自分に対し、「Figure me out !?」と叫びたい気分だった。もちろん声を発することなどできないが。
　だとすれば動けないことにもプラスチックケースにいることにも合点がいく。
　つまり私、フィギュアになっちゃってパッケージ入りの状態で売られてるんだよね。
　でなきゃパッケージ入りのフィギュアに魂が宿ったとか。
　箱入り娘ならぬパケ入り娘だね、なーんて。
　うーん、でも私モデルのフィギュアが売られてるってどういうこと……？
　このときクリアケースの反射が消えた。明かりがついたのだとわかった。
　カーテンが引かれる。店内に光がさしこむ。朝日だ。
　ここって。
　真白は悟った。ようく知っている場所だ。自分のホームグラウンドみたいな場所、いや店だ。
　ここって……『クラン＝G』だ！
「さあ、今日もお仕事お仕事っ」

　言いながら電気をつけていくのは店長代理の三佐倉 千絵ではないか。『G』の白抜き文字が入った緑のエプロン姿だ。
　現在の真白からすれば千絵は巨人だ。けれど細やかに働く巨人だ。のしのし歩いて棚を整えゴミを拾い、床に掃除機をかけてから、乾いたやわらかい布でガラスケースを兼ねたレジ台を拭く。丸まったポスターを丁寧にひらいて壁に貼り、店内POPを用意する。メーカーから届いたチラシの束を並べなおし、告知ボードに丁寧な字で告知メッセージを書く。すべて楽しそうに、なんなら鼻歌まじりでやっている。
　偉い子だよ、千絵ちゃん――。
　プラスチックの胸にも迫るものがあった。
　朝イチで仕事に入っていることからして、どうやら千絵は休日らしい。家の手伝いとはいえまだ中学生の身、それが遊びに行くでもなく部屋で朝寝を楽しむでもなく、早朝からこうやっていそいそと働いているのだ。しかも千絵は、そのことを不満だとか理不尽だとか思っていないらしい。
　そんな千絵ちゃんの姿を見れるのもあとわずかかぁ。
　ホビーショップ『クラン＝G』の売却が決まったからだ。店は看板はそのままに米国のゲーム会社が引き継ぐ。かなりの高値で売れたというからいいことではあるだろう。店の品ぞろえはますます充実するにちがいない。『クラン＝G』ブランドの全国展開も計画されている。だとしたら記念すべき一号店の常連として、ちょっと鼻が高い。
　しかし真白としては寂しいのも事実だ。
　この春、オーナーにして千絵の父親三佐倉 杏平はドイツに移住する。もちろん千絵も一緒だ。むしろドイツ行きは、ボードゲーム大国ドイツで千絵が学ぶためだという。
「あ、そうだ」
　つぶやいて千絵は振り返り、分厚い帳簿を引っ張り出した。何か確認すべき内容を思い出したらしい。
　……がんばれ、千絵ちゃん。
　帳簿をめくる千絵の背中を眺めながら真白は思う。
　ドイツに行ってもがんばれ。
　ただの客だけど、私は『クラン＝G』のダイハードなファンだから。千絵ちゃんが愛したこの場所、きっと支えつづけるから。
　たまに日本に帰ってきたとき、いつだってこの店でお迎えするよ。
　いや、待って。
　真白は急に冷静になった。
　いまの私、客じゃなくて商品だよ！　フィギュアじゃん！
　いつまでも売り物でいるわけにはいかないのだ。千絵を応援しようにも、売られてしまっては話にならないではないか。