Cat Island/Phantom ataraxia｜リアクション

Cat Island/Phantom ataraxia

　――また、一週間が始まる。

　寝子島で最近流行りのカフェがある。
　そこの看板娘、ヴィーゼ・ベルンスタインは気さくで世話焼きな性格もあって、訪れるお客達と友人のように交流しながら接客をしてくれると評判だ。
「何でもない日を過ごすことが退屈なんて思わないわ。とても贅沢な事よ」
　屈託ないヴィーゼの笑顔に、またひとり救われてゆく。
「さあ、今日もこれから仕事……だけど、変な違和感があるのよね……なんでかしら？　痛っ！」
　ヴィーゼの手の甲に赤い痣が痛みと共に浮き上がってきたのを確認した。
「手の甲に変な痣が出来るし、ここ最近妙な事を思い出すんだけど……私がずっと働いてたお店って、ここだったかしら？」
　その思考に霞が掛かる。
　何かを思い出しそうな……？
「あ、いらっしゃいませー！」
　だが、お客の来店に、その考えが風に吹かれるように消えていった。

　ユーリ・ロッソ・ネーモは普通の人生を謳歌している。
　記憶を喪失せずに、全てを覚えている。両親も健在で、学校にも通っている。
　月曜日、放課後にふらりと立ち寄った喫茶店は、最近噂の赤髪のウェイトレスさんが評判のお店。

（起こされて、両親と一緒に朝ごはんを食べ、学校に行く。放課後は気の赴くままに楽しく過ごす毎日）

　――なんてことない。部屋を見渡せば、家族や友達の思い出の詰まったものがすぐに見つかる。
　先々週に取ったゲーセンのプライズや、小学生のときに買ってもらった模型とか。そんな普通の。異常な毎日。

（おれは知っている。この世界が……この無限ループ生活が幻であることを）

　ありふれた、幸せは、すべて偽物。
　店に入って鼻腔をくすぐる珈琲の香りも。窓辺に差す温かな陽だまりも。
（ぜんぶ、おれの見たかった願望が生んだ虚構だ）
　けれど、どうしようもなく、このままでいたいとユーリが願ってしまうのは、全部彼のものではないからだと理解しているからだろう。

『くだらん。実にくだらんな、お前の願望は』

「っ！？」

　ユーリは唐突に耳元で囁かれた言葉に、全身をビクッと震わせた。
　前かがみになり、荒くなった呼吸を整える。
「お客さん、どうかしました？」
　ヴィーゼは心配そうに駆け寄って、ユーリの身体に手を添えた。
　その瞬間――。

　崩壊する寝子島を眺める自分自身の姿。

　壊れた人形のように欠損した仲間の身体が足元に散らばる。

　そして、私は、自分の血液を硬化させて『敵』へ斬りかかるけど。

　――ああ、まただ。

『今回も』全身が粉々に吹っ飛んで、私は死ぬんだ。

　脳裏に浮かんだ数々の惨劇の記憶が、濁流のようにヴィーゼの脳内に流れ込んできた。
　ヴィーゼは自分が何者なのかを一瞬で思い出した。そして『先週』の自身の最期も。
　彼女は吸血鬼。クラス『キャスター』。操血魔術《シェイプ・クリムゾン》の使い手だ。
　いくら不死身といえども、バラバラに肉体を粉砕されれば彼女もひとたまりはなかっただろう。
「……なに、見せてくれてるのよ。気分が悪いじゃない」
「えっと……？　ごめんね、おれ、気に障る事をおねーさんにしたかな？」
　苦笑いするユーリに、ヴィーゼは彼の手首を掴んだ。そして赤い痣が刻まれているのを確認した。
「やっぱり。『同類』だったわ。早くきみも思い出して。いやむしろ、きみが周囲を思い出させる『鍵』なのかしら？」
　ひとり納得するヴィーゼに、ユーリは今までのループになかった新しい出来事に戸惑いを隠せなかった。

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