ただしい屋上の使い方｜リアクション

ただしい屋上の使い方

【瓶の中には収まらないもの】

「今日は晴れて良かったです。お洗濯物が溜まってしまったらどうしようかと……」
　しばらく続いた雨雪の後。今日は清々しい洗濯日和。
　愛猫萌々子が、久しぶりの晴れ間に桜花寮の屋上で洗った洗濯物をパンッと音を立てて広げる度、頬に心地よい風が吹き、長くつややかな黒髪をさらりと揺らす。
　しかし、ふと。萌々子はその心に吐息を漏らした。
　今は洗濯物よりも、萌々子には胸にのしかかるように重なる気がかりがある。

「………………」
　このような快晴の空の下ですら、今も。
「だめですね。どうしても……気になってしまいます……」
　萌々子が胸の底から溜まり込んでいた息を一気に吐き出し、青い空を仰ぎ見る。
　すると萌々子の目に、空の遠くから何かがやってくる様子が、まるでファンタジーのように映し出された。
「――？」
　ふわふわと、ふわふわと。
　風船に括り付けられた、さまざまな形の透明な何かが、光に反射しこちらに向かって飛んでくる。
「あれは……？」
　不思議に思い屋上の端へ足を向けた萌々子の側にも、それは静かにやって来た。
　――目の前には、風船と共に浮かんだ、一本のラムネ瓶。
　手に取ると風船は消え、瓶だけが手元に残った。光景的にはとても不思議極まりないものだ。

「何、でしょうか。これは……？」
　手のひらにあるラムネ瓶。しかし、最初は透明だと思っていたその中には、気付けば何やらノート１ページ分を切り取った大きさの紙が丸められて収まっていた。
　蓋を外して瓶を少し逆さまにしてみると、紙は瓶の形とは裏腹にストンと瓶の外へ取り出せた。

「取り……出せましたね。えっと……」
　屋上にはまだ誰も来ていない。萌々子は小声で読み上げるように内容を確認する。
「『今は愛猫さん呼びだけど萌々子って呼ぶタイミングがわからない
　髪サラサラでいい香りがする
　いつ見ても可愛』い……――ええっ！？」
　恋文だ。これはどう見ても恋文だ。しかも、自分の名前が入っている。萌々子は一瞬にして、先程これを運んできた風船と同じくらいに顔を紅色に染め上げながら、その驚きから猫のように綺麗な瞳を大きく見開いて再び続きを読み上げる。
「『視界にいるだけで世界がキラキラする
　メイド服似合いそうだから着て欲しい
　この前』――こ、これって……！」
　確かに、先程からずっと悩んでいたのはこの事だった。
　自分の先輩が、こちらをどう思っているのか、ずっと気になっていた――萌々子にとっては、とても頼りになる人であり、だからこそどう思われているかが気掛かりだった。
　内容を思案するにあたって、他に該当者はいない。
「あ、愛猫さんて書いてあるのは、間違いなく私のことですし……メ、メイド服とかちょっと気になるものもありますが……！」
　これは、間違いない。今まで気にしていた先輩の本音に相違無い――と萌々子は思う。
　だが、こんなにも赤裸々に書かれていては――！
「あ……『この前』――続き……！」
　赤面したまま、思わず握りしめていたラムネ瓶だけが現実感を保っているような気がした。萌々子は読み上げるのも忘れて、急ぎ続きに目を通した。

『この前似合いそうなアクセサリーを買ってしまった、誕生日でもないしいつ渡そう
　ずっと一緒にいたい
　もっと頼りになる彼氏になりたい』

「ぁ……」
　嬉しさと恥ずかしさを綯い交ぜにした言葉の数々に顔がほてるのを感じつつ、最後まで読み終えた萌々子は呟いた。
「もっと頼りになる……なんて、今までもずっと頼らせてもらってるのに……」

　気がつけば、洗濯の途中。それでも、萌々子は自分の携帯に手を伸ばさずにはいられなかった。
　ラムネ瓶を地面に置いて。急ぎ、メッセージで文字を打つ。
『突然すみません。今から、お会いすることはできませんか……？』

　あまりに唐突で、驚かれてしまうかも知れないけれども。
　それでも。この手紙が消えたら、会いたいという想いはもっと募ってしまうだろうから。

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